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小池百合子も枝野幸男も、みんな「日本新党」だった、かつての門下生たちが激突、総選挙、そして…

《いずれ新党を作って自民党をぶっ潰し、総理としてこの国を改革したい》と語った細川に、白川は《新党の結党宣言は『文藝春秋』に発表して頂けませんか》と、さほど深く考えずに依頼したという(『週刊ポスト』2012年1月13・20日号)。

細川が実際に新党結成に向けて動き出したのは、周囲が思っていた以上に早かった。1992年4月半ばに白川が細川から「結党宣言」を受け取ってから、翌月に掲載誌の発売されるまでは箝口令が敷かれたものの、情報がマスコミに漏れたため、急遽5月7日、細川が一人で記者会見にのぞんだ。このとき彼は《今はソロを弾いていますが、やがて多数のオーケストラになります》と断言、一般紙の政治記者からは冷ややかな反応が目立ったのに対し、スポーツ紙などでは大きく報じられた(浅川博忠『「新党」盛衰記』講談社文庫)。

気鋭のクリエイターを集めて決めた新党名


このあと、5月22日には「日本新党」という党名が発表される。この名前を決める方法もかなり型破りだった。このとき、コピーライターの仲畑貴志やプロデューサーの秋山道男などといった気鋭のクリエイターが集められる。

彼らは、ホテルの部屋の壁に大きな紙を張り巡らせると、さまざまな言葉を書きこんでは「生きた言葉」と「死んだ言葉」とに振り分けていった。このうち「死んだ言葉」には「連合」や「市民」などがあげられていたという。そんな作業を2日にわたって行なった末、細川を含む5名がそれぞれこれぞと思うカードを出そうということになる。そこで2名の出した「日本新党」が多数決で選ばれた(東大法・蒲島郁夫ゼミ編
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