
1200年伝わる悪魔祓いの儀式に、カメラが潜入!
悪魔祓いの歴史は長い。初期キリスト教時代からすでに相当数のエクソシスト(悪魔祓いの祈祷師)が活動しており、その後紀元416年には司教に任命された司祭が行うという枠組みが作られた。現在カトリックの総本山であるバチカンではこの「司教によって任命された司祭」のみを公式エクソシストとして認めており、その他に行われている民間や異教徒のお祓いと区別を付けている。基本的に悪魔祓いの儀式は秘儀とされ、ごく限られたエクソシストたちに伝えられてきたものだ。長年秘密とされてきた現場へ、初めてカメラが突入するのである。野次馬の血が騒ぐ……!
『悪魔祓い、聖なる儀式』で主にカメラが張り付くのが、シチリアで活動するカタルド神父である。一見優しそうなおじいちゃんといった雰囲気なのだが、この人もエクソシスト。シチリアといえば地中海の陽光と青い海という風光明媚な土地柄を想像するが、カタルド神父の教会はなんだか厳粛な雰囲気だ。
そんな教会で悪魔祓いは行われる。神父が手をかざし、聖水を振りまきながら祈りの言葉を唱えると、悪魔に取り憑かれた信者は床に倒れ込み、唸り声をあげ、まさしく悪魔のような罵り文句を叫びながら悶え苦しむ。ひるむことなく「立ち去れ! 悪魔よ!」と祈祷を重ねる神父。ドタバタと唸っている人が徐々に静かになり、ぐったりと倒れこむ。
正直「これマジでやってんの……?」と思った。筆者自身はいわゆる葬式仏教、これといって常日頃から宗教的な慣習に触れて生活していないし、クリスマスもお盆も楽しそうでいいんじゃないのという、多分日本人に一番多いタイプである。そういう人間の目線なので、さっきまでおとなしく教会の前に並んでた人がいきなり「グオ〜!」と呻いて悪魔に取り憑かれるのも、それに対して特にそこまでドン引きしていない(心配そうにはしている)シチリアの人たちも、全てが衝撃だ。シチリアでは、こんなにカジュアルに悪魔が人間に取り憑いていたのか……。世界で公認されているエクソシストの半分以上がイタリアにおり、シチリアにいるエクソシストは20人ほどというが、このカジュアルさではそりゃ人数が必要になるわけである。
現代の神父って、大変なんだなあ……
悪魔祓いのために教会へやってくる人たちも様々である。息子の不登校は悪魔のせいなんじゃないかと相談に来る親子。家庭生活にストレスを抱え、精神的な症状に悩む主婦。どう見てもタダの反抗期にしか見えない親子。「呻いて暴れないと神父は話をまともに聞いてくれない!」と文句を言う若者。カメラはこのような人たちの日常も映し取るのだが、悪魔が取り憑かない限りはものすごく普通の人たちである。
そんな人たちが、ひっきりなしに神父の元を訪ねてくる。なんせシチリアでは悪魔がとてもカジュアルに人に取り憑くのだから大変だ。中にはめちゃくちゃ遠くから評判を聞いてやってきた人もいて、それなのに順番待ちの列で後ろの方だったからと怒ったりしている。一度悪魔を祓っても、「またうちの子に取り憑いたんです!」と教会を訪れるリピーターもいるし、教会に来ないで電話口で悪魔祓いをしてもらう人までいる。電話口から悪魔に取り憑かれた人の声が「グオ〜!」と聞こえてきて、携帯を持った神父がこれまた電話口に向かって「父と子と聖霊の御名においてお前を追い払う!」と祈祷するのである。全員大真面目だから神父も大変だ。
正直、この人たちは教会じゃなくて医者とかカウンセリングとかに行ったり、行政サイドのセーフティネットを頼った方がいいのでは、と思う。だが、悪魔による彼らの発作は医学では相手にできず、現代社会においても対処する機関が教会しかないという(対照的にカタルド神父は健康診断を受けており、薬をいろいろ飲んで健康に気を使っているのが面白い)。映画はこのハチャメチャな人間VS悪魔のバトルに、特にツッコミを入れるでもなく解説を挟むでもなく、当人たちがドタバタする様を淡々と映す。
この距離感しか取りようがなかったのはすごくわかる。悪魔がどうとかは全然嘘でこれは精神的な疾患ですとも言えないし、反対に悪魔による恐怖を煽り立てるのも馬鹿馬鹿しい。なんせ普段はけっこうみんな普通に生活しているのである。
近年は悪魔祓いへの需要が猛烈に増えており、それに対してエクソシストの人数が足りなくなっているのだという。バチカンも放っておくわけにもいかず、2004年からは直轄のレジーナ・アポストロルム大学において各国の神父を相手にエクソシスト養成講座を開いている。そこでは社会学者や精神科医も講師として招かれ、現代の悪魔祓いの最前線を模索している(この講座の様子はちょっと映画でも見られるのだが、神父たちがそれぞれの地域の「神父あるある」みたいなのを話していて面白い)。
日本ではさっぱりわからないけど、つまりヨーロッパをはじめ西欧では近年悪魔に取り憑かれた人が増えているのだ。その裏にあるものがなんなのか。映画は特に結論を出さず、「おうちの人と話し合ってみましょう」という感じで終わる。信じるも信じないもあなた次第、しかし悪魔祓いの需要はじわじわと増え続ける。見終わって「我々はけっこうめんどくさい世の中で暮らしているのだな……」としみじみ思った。
【作品データ】
「悪魔祓い、聖なる儀式」公式サイト
監督 フェデリカ・ディ・ジャコモ
11月18日より全国順次公開
STORY
現代に伝わる悪魔祓いの儀式に密着したドキュメンタリー。
(しげる)