いざ戦争になっちゃうと、やっぱり王様でも大変なんだなあ……ということをドキュメンタリーのような生々しさで描いた『ヒトラーに屈しなかった国王』。見た後にはノルウェー王室へのリスペクトがしみじみと湧いてくる作品である。

「ヒトラーに屈しなかった国王」ノルウェー王室へのリスペクトに納得、王様はつらいよ

いきなりドイツに攻められて、どうするホーコン七世!


スカンジナビア半島の左側にある国、ノルウェー。隣国スウェーデンと同君連合を組んでいたノルウェーだったが、1905年に独立を宣言。国民投票によって立憲君主制の民主国家となり、議会は満場一致でデンマーク王室のカール王子をノルウェーの君主として迎えることを決定する。カール王子はノルウェー風の名前であるホーコン七世として即位。ノルウェー国王となった。つまり、ノルウェー国王は、デンマークからやってきた王様だったのである。日本人からすると「王様って輸入できるの!?」という感じだが、ヨーロッパではこういうことを繰り返してきたので、いろんな国の王族が親戚同士だったりするのはザラである。

で、35年の間ノルウェー国王として国民に親しまれてきたホーコン七世。孫も三人いて、一緒にかくれんぼしたりして遊ぶいいおじいちゃんでもある。持病の腰痛のため寝転がって電話を受けたりするものの、1940年になっても全然元気だ。しかし前年にはドイツがポーランドへと侵攻。さらにイギリス海軍がドイツの輸送船の航行を妨げるためノルウェー近海に機雷を敷設し、徐々に緊張が高まっていた。ノルウェーにはスウェーデン産の鉄鉱石をドイツに輸送するための積み出し港があり、ドイツにとって極めて重要な国だったのである。


ということで1940年4月8日から4月9日にかけて、ドイツ軍のノルウェー侵攻が開始される。王室とノルウェー政府の閣僚たちは首都オスロから脱出し、最初は鉄道で、さらに鉄道が空襲に晒されるようになると自動車で、ひたすら北に向けて逃げ続ける。逃げる中でドイツに対してどのように対応するか、国王も交えた会議が開かれるが、とにかく急に侵攻されたのでどの閣僚も腹が決まっていない。そうこうしているうちにドイツ軍はどんどん北上してくる。

『ヒトラーに屈しなかった国王』は、この国王一家の逃避行を緊迫感たっぷりに描く。手持ちカメラとズームの多様によって、移動中のがたつきや突然の空襲の緊張感を表現した映像は、まるでドキュメンタリー映画のようだ。最初は専用列車で移動していたのに、途中から田舎道を車で逃げることになる様子はなんとなく『ベルサイユのばら』みたいである。

ノルウェーは立憲君主制の国なので、国王が議会や内閣の決定に対して口を挟むことはできない。そんな状態でホーコン七世は苦悩する。大ピンチのタイミングで「辞任したい」といってきた首相の辞任を認めないなど(形式上首相の進退を決める権利は国王にある)自分にできる精一杯の抵抗を見せつつ、自分を迎えてくれたノルウェーのためになにかできることはないかと無力感に苛まれつつ悩みまくる。もともとノルウェー人でもなんでもないのに「祖国のために」となんとか力を尽くそうとし、たまたま顔を合わせた前線の幼い兵士に心を痛める姿はグッとくる。

国王もつらいけど、駐在公使もつらいよ


本作のもう一人の主人公と呼べるのが、ドイツのノルウェー駐在公使であるブロイアーだ。彼はドイツ人だがノルウェー滞在中に娘も生まれ、決してノルウェーに対して悪感情を持っていない人物である。
しかし開戦と同時にドイツ軍が公使館に駐留。仕事場を兵士に荒された上、ノルウェー国王と1対1で話をつけてこいと命令される。「あんまり追い詰めるとまずいですって」とドイツ本国のリッペンドロップ外相に訴えるブロイアーだが、その電話口になんとヒトラー本人が登場! 「なんとかしろ」と直々に詰められたことでブロイアーの進退も極まってしまう。

このブロイアーさん、劇中で彼を演じたカール・マルコヴィクスの風貌も相まって、とってもかわいそうである。昨日まで普通に生活してた国の国王にいきなり面会して「国を明け渡せ」なんて、誰だって言いたくない。しかし言わないとどんな目に遭うかわからない。しかも交渉相手のホーコン七世はオスロから姿を消し、どこに移動したのかすらわからない。無理ゲーである。それでも、やるしかない……!

悪戦苦闘の末、なんとかブロイアーさんは国王との会談にこぎつける。その場で「自分の判断でちょっと緩めの内容にしといたんで、なんとかこの降伏文書にサインしてください……! よろしくお願いします!」とホーコン七世を口説き落とそうとするブロイアーさん! 

そこで国王はどのような決断をくだしたのか、というのがこの映画のクライマックスである。この会談シーンの緊迫感は凄まじく、『アウトレイジ ビヨンド』の花菱会本部での怒鳴り合いに勝るとも劣らない。本作の英題「The King's Choice」はこの会談とそれに続くホーコン七世の決断を表したものなのだが、邦題がそこそこネタバレ気味なのが惜しい(まあ史実なのでネタバレもへったくれもないんですが)。


国王であると同時に、人間なのだ


もうひとつ書いておきたいのが、この映画がホーコン七世をはじめノルウェー王室の人々を人間としてちゃんと描こうとしている点だ。ホーコン七世はノルウェー国王であると同時に持病を抱えた老人であり、息子との意見のずれに悩む父親であり、孫を猫可愛がりするおじいちゃんである。その全ての側面を、『ヒトラーに屈しなかった国王』は多面的に描く。

特に、ドイツ軍侵攻後3日間の修羅場を通じて、ちょっとギクシャクしていた息子オラフ(後のノルウェー国王オーラヴ五世)との関係が修復されていくところは泣かせる。正直親子関係には色々あるけど、「良き王」になるとはどういうことか、普通の人間なら絶対考えなくてもいいことに悩まなくてはならないという点で、オラフが頼れるのは父であるホーコン七世しかいないのだ。この、極めて人間的かつめちゃくちゃ王族っぽい関係には、思わず「王様って大変なんだな……」と感嘆してしまった。

人として、そしてノルウェー国王として、超がつく修羅場で極限の決断をしたホーコン七世。ノルウェー国内での王室の人気はいまだにけっこう高いそうだが、そりゃこんな王様がいたらそうなるよ……。

【作品データ】
「ヒトラーに屈しなかった国王」公式サイト
監督 エリック・ポッペ
出演 イェスパー・クリステンセン アンドレス・パースモ・クリスティアンセン ツヴァ・ノヴォトニー カール・マルコヴィクス ほか
12月16日より全国順次ロードショー

STORY
1940年4月8日、ドイツ軍の侵攻を受け大混乱に陥るノルウェー。国王であるホーコン七世は首都オスロを脱出し、閣僚たちとともに北へと避難する。一方、ドイツ公使であるブロイアーは降伏文書に国王の署名をもらい早期に戦闘を終わらせるため、ホーコン七世の居場所を探る。
(しげる)
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