貧乏、家族はボロボロ、地元は掃き溜め、おまけに肥満! 八方塞がりの状況をラップ一発でひっくり返せ! 生きづらさと真正面からぶつかるフィメールラッパーの名をタイトルに冠した『パティ・ケイク$』を見ると、やっぱ世の中にヒップホップは必要だなと改めて思える。

貧乏も肥満も全部リリックに叩きつけろ苦難のラッパー武者修行「パティ・ケイク$」

ラッパーとしてビッグになって、クソみたいな地元を脱出せよ


主人公パティことパトリシア・ドンブロウスキーは、ニュージャージー州の郊外で暮らす23歳の女だ。元ロックシンガーだが今は酒浸りの母バーブと、半分寝たきりで軽いアルツハイマーにかかっている祖母ナナと暮らす。
パティの仕事と言えば知り合いのバーで店番をやるくらい。おまけにパティは肥満である。地元の知り合いにつけられた「ダンボ」というあだ名で、自分の体型を笑われる日々を送っている。

しょぼい地元でクソみたいな日常を過ごすパティが夢見るのは、「キラーP」というラッパーとなって成功し、地元を出ることだった。彼女が憧れるのはヒップホップの世界において神のような成功者であるラッパーO-Z。なんとしてもヒップホップで一発当てたいと、パティは退屈な日常の合間に自作のリリックを書き溜め続け、友達であるドラッグストアの店員ジェリとラップの練習を続ける。ある日、路上でのフリースタイルバトルで勝利したことで自信をつけたパティは、ライブを見て気に入ったインダストリアルミュージシャンのバスタードとジェリ、さらに祖母ナナを誘い、ヒップホップユニット「PBNJ」を結成。本格的に音楽活動を始めるが……。

いまだに男尊女卑的な価値観の強いヒップホップの世界において、フィメールラッパーの立ち位置は微妙だ(劇中でもパティは「女に負けた」ということにキレたフリースタイルバトルの対戦相手から頭突きを食らっている)。さらにパティはルックスがいいわけでもなく、体型もふくよかというか、言葉を選ばずに言ってしまえばデブである。おまけに祖母の治療費に困るほど金がない。この状態からいきなりラッパーを目指すのは、誰が見ても無謀である。
しかしパティはやる。やるしかない。このまま地元で腐っていくのはどうしても嫌だし、自分にはこれしか武器がないからだ。

エミネムの『8マイル』のようなストーリーに見えるが、主人公の境遇のどうしようもなさや大都市近郊の田舎ならではの絶望感など、どちらかというと『サイタマノラッパー』的な味わい。更に言えば、パティのあだ名のネタ元である『ダンボ』のストーリーにも一脈通じるものがある。象のダンボもカラスにもらった魔法の羽がなければ飛べなかった。『パティ・ケイク$』での魔法の羽こそがラップのスキルであり、それを使ってダンボことパティは見事サーカスのスターになれるのか……というのが映画の焦点となる。


ヒップホップでは、"普通の人"のダメージが芸の肥やしになる


こういう「クソみたいな地元を出るべく音楽で一発逆転を狙う若者の話」みたいな、ゲットー脱出系の映画はたくさんある。しかし『パティ・ケイク$』が革新的なのは、主人公を"普通の人"に設定し、さらにヒップホップという言葉の力がもっとも試されるジャンルを主題に据えた点にある。

『パティ・ケイク$』の劇中で、パティはかなりひどい目に遭う。なんせ閉鎖的な郊外でいきなり「ラップをやる」と言い出したんだから、母親の反発もある。仕事も見つけないといけないし、せっかく見つけたケータリングのバイトもキツい。
金もないし祖母ナナの体調も思わしくない。うまくいかないことの方が多いのだ。さらに、彼女自身が気負いすぎて空回りしたりもする。

とりわけつらいのが、バイトの面接に行くときに母バーブが「シャツのボタンは多めに開けろ」というシーンだ。別にパティはルックスに自信があるわけでもないし太っていることを自覚しているのに、「使える武器は使え」と胸をはだけた状態で面接に行かされ、バイトに受かる。そしてその後、昇給を申し出るシーンではパティ自身の判断でボタンを外して面談に臨むが、担当者から「そんなもの見たくないからボタンを上までとめろ」と言われてしまう。このへんのパティの心境を想像すると、なんともいたたまれない。

おれが『パティ・ケイク$』でいいなと思ったのが、その都度パティがけっこうガチで凹む点だ。「へこたれずに夢に向かって頑張る!」という感じではなく、「やってらんねえ!」と投げ出してしまうのである。『パティ・ケイク$』でパティが置かれる逆境とその描写は、「そりゃそうなるよな!」と観客を説得するのに十分だ。パティは不屈の女ではない。「地元から出たいなあ」と思っている普通の人なのである。


しかしパティが選んだのはヒップホップだ。ラップという形で、直接的に現状に対する不満を叩きつけることができるジャンルである。だからパティが現実で叩かれ、ダメージを受ければ受けるほど、ラッパーとしては引き出しが増えるのである。そういう構造になっているので、逆境の果てにパティがたどり着いたステージでのパフォーマンスは当然観客込みでブチ上がる。物語上の盛り上がりと、ラップという表現形態の構造がシンクロしているのだ。

それにしても『パティ・ケイク$』も、フォックス・サーチライト・ピクチャーズの配給作品である。フォックス・サーチライトと言えば、最近では『シェイプ・オブ・ウォーター』や『スリー・ビルボード』での大成功など、ここしばらくの打率の高さは凄まじい。この先日本で公開される作品も有名なテニス男女対抗試合を描いた『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』や、ウェス・アンダーソンの新作『犬ヶ島』が控えている。今後も最注目の配給会社だということは、最後に書き添えておきたい。
(しげる)

【作品データ】
「パティ・ケイク$」公式サイト
監督 ジェレミー・ジャスパー
出演 ダニエル・マクドナルド ブリジット・エヴァレット キャシー・モリアーティ シッダルタ・タナンジェイ ママドゥ・アティエ ほか
4月27日より公開

STORY
ニュージャージーに住むパティの夢は、ラッパーとして有名になって地元を出ること。ある日路上のフリースタイルバトルで勝利した彼女は、友人たちと祖母を巻き込んでヒップホップユニット「PBNJ」を結成。しかし、パティの前に困難な現実が立ちはだかる
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