
29歳の女子テニスチャンピオン、55歳のおっさんと戦うことに!
『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』は、1973年にアメリカで開催されたあるテニスの試合を描いた映画である。当時29歳の女子テニス世界チャンピオン、ビリー・ジーン・キングと、当時55歳の元男子チャンピオンであるボビー・リッグスの試合だ。男VS女、それも年齢が一回り以上違う2人が争う、異色の戦いである。テニスという競技が持つ「男の世界」的な位置付けに対する女性プレーヤーの怒りが根底にあり、そして当時のウーマン・リブ運動も巻き込んで、単なるテニスの試合以上の意味合いを纏った一戦となった。
映画は、あるパーティの会場で主人公ビリー・ジーン・キングが激怒する場面から始まる。全米テニス協会が発表した次期大会の女子選手優勝賞金の額が、男子の1/8だったのだ。友人のジャーナリストであるグラディス・へルドマンと共に全米テニス協会の実力者たちの元に怒鳴り込んだキングだが、賞金の額面については「男子の方が試合にスピード感や迫力があり、客が多く入る」と理屈をこねられる。しかし当時、すでに女子の試合のチケットの売り上げは男子と同等。男だらけのテニス協会の下で試合をしても埒が開かないと、ビリー・ジーンは女子テニス協会(WTA)を立ち上げる。
WTAはグラディスの助けでフィリップモリスというスポンサーも見つけ、女子選手と次々に契約(契約金はわずか1ドルだ)。ウェアのデザインや選手の髪型にもこだわり、自分たちでチケットを手売りしつつ、トーナメントを開始する。ビリー・ジーンはトーナメントを勝ち進むが、ある日の深夜、かつての世界王者ボビー・リッグスから電話が入る。
一方、電話をかけてきたボビー・リッグスは追い詰められていた。金持ち連中との賭けテニスに溺れ、カウンセリングに通うもギャンブル中毒からは抜け出せず、妻には愛想を尽かされかけている。現在55歳、テニス選手として、なんとかもう一花咲かせたい。どうにか「男VS女のバトル」というアイディアを実現したいボビーは、ビリー・ジーンのライバルである"豪腕"マーガレット・コートに対戦を申し込み、これに快勝。「女をコートに入れるのはいい。でなきゃ球拾いがいない」「俺は"女子テニス"のチャンピオンだ!」と派手にパフォーマンスする。ライバルを撃破されたことで、この戦いからは逃れられないと腹をくくるビリー・ジーン。しかし、彼女は彼女で私生活にトラブルが発生しかけていた。
衣装や小道具、背景の建物や車に至るまで、1973年当時をほぼ完全に再現している点は凄まじい。当時のテニスは「金持ちの白人男性」のものであり、おっさんたちが葉巻やブランデーを楽しみながら見るものだった……という前提が一発で伝わるオープニングから、一気に70年代の空気感に引き込まれる。タバコのメーカーがWTAのスポンサーになったことで「みんな、試合が終わった後はパーラメントを吸って写真に写るのよ!」と発破をかけられる選手たちや、小銭を入れて見る待合室の小さなテレビで観戦する試合、ビリー・ジーンのメガネのフレームのデザインに至るまで、あらゆる点で手抜かりがない。
そんな空気感の中で展開されるのが、「バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性別を超えた戦い)」までのビリー・ジーンの揺れ動きである。ビリー・ジーンは1973年の時点で、不動産業者兼弁護士のラリー・キングと結婚している。しかし、WTAの立ち上げ直後に髪を切ってもらった美容師のマリリン(映画では両性愛者として描かれている)がビリー・ジーンの試合を見たことで話は一転。ビリー・ジーンの力強さに惚れ込んだマリリンにグイグイ押されて2人は関係を持ってしまい、そしてビリー・ジーンは自らの欲求に気づく。
この、「結婚しているプロの女子テニスプレーヤーなのに、女性と関係を持ってしまった」という点に関する葛藤も、「男対女のバトル」と並ぶ『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』の大きな軸となる。それと共に、「そもそもビリー・ジーンが一番愛しているものはなんなのか」という点も焦点となる。結末に近づくにつれてそれが明らかとなり、そしてそこで、マリリンや夫のラリーはどう行動するのか……。「男VS女のテニスの試合」というストーリーを飛び越えた、より射程の長い「愛についての物語」が展開される。正直こんな内容だと思ってなかっただけに、よりグッとくるものがあった。
"悪役"ボビー・リッグスだって、けっこう大変だったのだ
『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』がフェアな映画である証拠として、ビリー・ジーンを挑発するボビー・リッグスについても尺を取って説明する点がある。ボビーはトンチキではた迷惑なおっさんではあるのだが、この人なりの悲しさや生きづらさを抱えている。
元チャンピオンとはいえ、テニス選手としては全盛期をとっくに過ぎた55歳。
だからボビーは、自分の発案で実現した「男VS女のテニスの試合」を最大限に盛り上げようとする。変な衣装で馬鹿げたパフォーマンスを繰り広げ、記者会見では今だったら完全にアウトな女性蔑視ジョークを繰り出す。その上相手は女だとタカをくくってろくに練習もせず、変な健康食品に手を出す。
でも、それと同時にボビーは自分のことを「私は男性至上主義のブタだ」と言っている。しょうもないことをやっているという自覚は多少あるのだ。『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でのボビーは単なる悪役ではなく、はた迷惑ではあるがプロレス的に世紀の一戦を盛り上げようとした人物として描かれる。彼なりに、ビリー・ジーンとの試合には全てを賭けていたのだ。
むしろ、最大の悪役として配置されているのが、金も権力も持っているテニス協会の親玉たちである。
ボビーについてもまた、ビリー・ジーンと同様に彼と彼をめぐる愛についての物語が盛り込まれている。70年代を舞台にした作品ではあるが、ビリー・ジーンとボビーが死闘の果てにたどり着いた結末は、現代的な味わいだった。
(しげる)
【作品データ】
「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」公式サイト
監督 ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
出演 エマ・ストーン スティーブ・カレル アンドレア・ライズブロー サラ・シルヴァーマン ビル・プルマン ほか
7月6日より上映中
STORY
1973年に行われた、ビリー・ジーン・キング対ボビー・リッグスの世紀の一戦。「性別を超えた戦い」と題されたこの一戦の際して、ビリー・ジーンとボビーはどのように行動していたのかを描く