一見すると難解な作品だけど、実は監督は同じテーマの映画を何回も撮ってるんじゃないか……。『アンダー・ザ・シルバーレイク』はハリウッドに住む中途半端なワナビ野郎を主人公にした、いささか変わったサスペンス映画である。

ボンクラ、暗号解読でシルバーレイクの謎に迫る「アンダー・ザ・シルバーレイク」は暗喩まみれのサスペンス

デートするはずの女子が行方不明に! ボンクラ陰謀論者の追跡が始まる!


タイトルにもなっている"シルバーレイク"とは、ロサンゼルス東北部に位置する貯水池および近郊の住宅街の名前である。ハリウッドにほど近いうえに昔は家賃が安く(最近はオシャレな街として人気が出てしまい家賃は高くなったらしい)、映画業界で一発当ててやろうという若者たちが肩を寄せ合って暮らす街……というような場所だという。

主人公サムはそんな場所に暮らす30代の男である。どうやら映画か音楽か、なにかしらハリウッド周辺の仕事をしていたようなのだが、最近はほぼ無職らしい。アパートも家賃を払えず後5日で追い出される寸前。それなのに日がな一日そのへんをプラプラしては家の前のプールで覗きに精を出し、女優志望の彼女を家に連れ込んでは昼間からイチャつくという怠惰な生活を送っている。

そんなサムだが、ある日隣に住む女サラに一目惚れし、ひょんなことから家まで入れてもらうことに成功。これはうまくいくかもと思いきや、彼女の家に同居人たちが帰ってきてしまったことでその日はお開きになってしまう。翌日デートの約束を取り付けたサムは彼女の家に出かけるが、家はもぬけの殻。部屋の壁には謎の記号が描かれているだけだった。折しもシルバーレイクでは大富豪や映画プロデューサーの失踪が相次ぎ、さらに真夜中には犬殺しが出没。サラの失踪にこれらの事件との関連を感じたサムは、独自に彼女の行方を追い始める。

前述のように、シルバーレイクという街は夢を追ってハリウッドにやってきた若者たちが住んでいた街である。
かつて「俺も大物になれる」と漠然と考えてハリウッドにやってきたのに、今や仕事もせずいい歳してそんなところにダラダラ住んでいるサムは、要するにダラけたモラトリアム野郎である。その一方で、サムは陰謀論にハマっている。この世は金持ちや特権階級にだけ通じる符牒や、企業が仕込んだ性的な隠喩を含んだサブリミナル広告に満ちており、それを知っている自分だけはそういうものを見抜いて生活できていると信じている。ワナビくずれのダラけたモラトリアム野郎で暗号マニアの陰謀論者……。『アンダー・ザ・シルバーレイク』の宣伝ではサムはオタク青年と形容されているが、正直タダのオタクよりずっとタチが悪い奴だと思う。

特にやばいのがサムの性欲である。「この世には性的な隠喩を含んだ広告が山ほどある!」と彼女に力説するサムだが、こいつは元々暇があれば隣の家のプールを双眼鏡で覗き、彼女がいるにも関わらずサラに手を出そうとするという、なかなかとんでもない奴である。そんな奴からしたら、なんだって性的に見えるっちゅうねん! サムを演じているアンドリュー・ガーフィールドは『ハクソー・リッジ』でも空気が読めずに挙動不審な動きをする青年を迫真の演技で演じていたが、『アンダー・ザ・シルバーレイク』でも絶妙に気持ち悪い陰謀論野郎をケツ丸出しで怪演している。この人、顔もスタイルもいいのに毎回すごい役ばっかやってますよね……。

ところが恐ろしいことに、陰謀論と暗号解読一本槍なサムの追跡行は、ちゃんと成果を上げてしまうのである。道中で関わった人物からもらった小物に書いてあった文字や、逆再生すると特定のメッセージが聞こえるレコードをヒントに謎を解き、サムは事の真相に迫っていく。「そんなわけないだろ……」と思って見ていたサムの推測がどんどん当たるという点は、逆説的にハリウッドという街のヤバさを表現しているように思う。
これはサムみたいなやつばっかり住んでいる、サムみたいな奴の街で起こった出来事の映画なのだ

もうひとつ言えば、この映画にはこれでもかとばかり暗喩や引用が山ほど出てくる。引用の元ネタも無声映画からカート・コバーンまで幅広く、文化系野郎の偏差値が試される作品だ。そもそも暗喩と暗号解読を巡る映画だから暗喩が山ほど仕込まれているのは道理ではあるのだが、逆に「これは何かを暗示しているけどよくわかんないや……」というネタが大量に仕込まれ過ぎていて、見ているうちにさすがにどうでもよくなってくる。

しかしおそらく、この映画はそれも狙ってやっている。特に後半はほとんど暗喩の連打で映画が進むため、いちいち立ち止まって考えているとストーリーについていけない。この暗喩の連打からは、逆説的にサムが信じ込んでいる暗喩やほのめかしのバカバカしさが伝わってきたように思う。だから、「このシーンはあの映画からの引用なのではないか……」と頑張って考察しても、実はさほど意味がないのではないか、というのがおれの結論である。おれが住んでいるのはシルバーレイクではないのだから。

傑作青春映画『アメリカン・スリープオーバー』との符合と相違


監督のデヴィッド・ロバート・ミッチェルは傑作ホラー『イット・フォローズ』を撮った人である。この人がその前に撮ったのが青春映画『アメリカン・スリープオーバー』だ。夏の終わりと新学年・新学期の始まりが重なるというアメリカの学校制度を背景に、新学期が始まる直前に学生たちが開く「お泊まり会」を題材にした作品である。

『アメリカン・スリープオーバー』は、一言で言うと「青春の終わり」をテーマにした作品だ。
新しい学校や新しい学年、新しい環境は間近に迫っている。でも、そこにいくにはちょっと不安だし、なんだかダルいし、今の生活が終わっちゃうのもやだし、第一まだ夏らしいことを何もしてない! そんな学生たちの焦りと不安と恋とをないまぜにして一晩に詰め込んだ作品が、『アメリカン・スリープオーバー』である。

『アンダー・ザ・シルバーレイク』と『アメリカン・スリープオーバー』は、呼応関係にある映画である。かたや新学期を目前に控えた学生たち、かたやハリウッド近郊でダラけた生活を送るワナビのスケベ野郎が主人公だが、根本的には両方とも「いつか終わってしまうモラトリアム」を扱った作品だ。特に『アメリカン・スリープオーバー』にも「スーパーですれ違っただけの少女を探す少年」の話が出てくるのは興味深い(『アメリカン・スリープオーバー』は複数の登場人物が絡む映画なので彼だけがメインではないが)。『アンダー・ザ・シルバーレイク』も行方がわからない女性を探す映画だが、2本の映画の相違点は『アンダー・ザ・シルバーレイク』のダメすぎるボンクラ主人公サムの存在だろう。『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、サムの存在によってダークな『アメリカン・スリープオーバー』と言えるような作品になったのだ。

そもそも『イット・フォローズ』も「追いつこうとしてくる終わり=死から逃げようとする」という話だった。つまりデヴィッド・ロバート・ミッチェルは、スタイルや語り口を変化させつつ「人間が終わりや変化から逃げようとする」映画を何回も作っていることになる。『アンダー・ザ・シルバーレイク』はかなり奇妙な映画だが、この監督が言ってることは過去2作とそれほど変わらないはずだ。

『アンダー・ザ・シルバーレイク』は読み解き方によってかなり解釈に差が出る作品だと思う。だからおれがここに書いたのも、「おれはこう思った」という話にすぎない。
とりあえず誰かに見てもらって、見た人がどう思ってどう解釈したのか根掘り葉掘り聞いてみたくなる映画だった。
(しげる)

【作品データ】
「アンダー・ザ・シルバーレイク」公式サイト
監督 デヴィッド・ロバート・ミッチェル
出演 アンドリュー・ガーフィールド ライリー・キーオ トファー・グレイス ゾーシャ・マメット キャリー・ヘルナンデス ほか
10月13日より全国順次ロードショー

STORY
ハリウッド近郊の街シルバーレイクに住むサムは、ある日隣の家に住む女サラに一目惚れする。翌日会う約束を取り付けたサムだが、訪ねていくと家はもぬけの殻。暗号マニアのサムは残された手がかりを使い、サラの行方を追う
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