朝の連続テレビ小説「なつぞら」が、いよいよアニメーション編に突入する。主人公のなつがアニメ制作会社に入ってアニメーターとして活躍(?)する様は、まさに「昭和アニメ青春物語」と呼ぶのがふさわしい。


同じく昭和の時代を舞台に若きアニメーターたち奮闘するコミックが、宮尾岳「二度目の人生アニメーター」(少年画報社)だ。実は「昭和アニメ青春物語」とは、版元のサイトに記されていたこの作品のキャッチコピーである。現在2巻まで刊行されている。
「なつぞら」アニメーション編突入、もう一つの昭和アニメ青春物語『二度目の人生アニメーター』も熱い

タイトルからわかるように、タイムスリップもの。58歳のサラリーマン・多田は、娘の結婚のきっかけが自分の高校時代の同級生でスーパーアニメーターになっていた金野一の作品、通称「コンイチアニメ」だったことを知る。金野の訃報を聞き、過去を懐かしんでいた多田は、突然18歳の頃――1977年にタイムスリップしてしまう。

18歳の多田アユム(中身は58歳)は、高校で斬新なパラパラマンガを描く金野ハジメと再会するが、金野はアニメを仕事にする気がさらさらない。このままでは「コンイチアニメ」は生まれず、娘が結婚できない! 焦った多田は、金野をアニメーターにするため、アニメーター志望の同級生・真野ヨウコ(作者の宮尾岳がキャラクター原案を手がけた「魔物ハンター妖子」の真野妖子と見た目も名前も同じ)とともに、アニメ制作会社の門を叩く。

「なつぞら」のなつがアニメ制作会社に入るのが1957年前後だから、ちょうど20年後の世界ということになる。1977年は映画「宇宙戦艦ヤマト」が大ヒット、テレビでは数多くのロボットアニメが放映され、1979年には「機動戦士ガンダム」が誕生、宮崎駿監督は「ルパン三世 カリオストロの城」を発表する。

伝説のアニメーター、金田伊功と板野一郎


「コンイチアニメ」「金野サーカス」とも言われる金野一(ハジメ)のモデルは、金田伊功(かなだよしのり)と板野一郎だろう。

金田伊功は1970年代からロボットアニメなどを中心に派手なアクションシーンや大胆な遠近法を取り入れた「金田パース」などで知られるスターアニメーター。後進のアニメーターに絶大な影響を与えた。
「風の谷のナウシカ」以降、宮崎駿監督作品にも多数参加している。2009年に57歳で逝去。

板野一郎は1980年代から活躍したスターアニメーター。超高速アクション「板野サーカス」で知られる。金野が手がけた作品として登場する「機動兵士ダンガム」(「機動戦士ガンダム」)、「可変戦闘ワクロス」(「超時空要塞マクロス」)、「メガエリア23」(「メガゾーン23」)はいずれも板野が参加した作品である。金野はオートバイ好きだが、板野もオートバイを愛好している。

この作品がユニークなのは、主人公の多田が肝心のアニメや絵についての知識やスキルが一般人レベル(アニメに関心のない58歳のサラリーマンレベル)だということ。たとえば、同じタイムスリップものの「僕はビートルズ」(藤井哲夫、かわぐちかいじ)なら、主人公たちはビートルズの曲を本人たちより上手く演奏できるので、タイムスリップした時代でチート的な活躍ができるが、多田はそんな技術を一切持ち合わせていない。

アニメのことをイチから学びながら、インターネットのない80年代にサラリーマンとして鍛え抜かれたスキルを役立てつつ、アニメーションへの情熱(と娘の花嫁姿をなんとしても見たいという気持ち)でバリバリ前進していく多田の行動力が気持ちいい。1

アニメにおける一本の「線」の大切さ


作者の宮尾岳は、多田アユムと同世代。1977年に上京し、アニメーション専門学校で2年学んだ後、プロアニメーターとしてのキャリアを歩みはじめた。多田たちが入るスタジオ・タクトは、宮尾が実際に1970年代にアニメーターとして所属していたスタジオ・アクトがモデル。
ここでアニメーター1年生の頃、出崎統監督、杉野昭夫作画監督の名作「宝島」に動画マンとして参加している。

アニメーターとして第一歩を踏み出す多田たちを描いた2巻では、アニメの「線」について繰り返し語られた。

多田たちは「ダンバの冒険」(「ガンバの冒険」)の作画監督・大迫タカシから与えられた課題に挑戦するが、そこで「3人のクリーンナップはプロレベルでは通用しない。これはクリーンナップではない」と言われてしまう。

クリーンナップとは、原画などのラフな描線を清書すること。だが、何の意図もなく引かれた線は「鉛筆の黒い鉛の粉が白い動画用紙に『乗っかってる』だけ」。フトンなら布だと思う、髪の毛なら柔らかい髪だと思う、ベッドなら硬い木枠だと思う。「それを常に意識して線を引き 動かして行くのが本当のアニメーションだ」と大迫は説く。

動画チーフの前原は、動画で最も大切なことは「その作品ごとのルールを理解する」だと語る。作品ごとに繊細な線、勢いのある線、太く荒々しい線などがあるが、それらは「線の違い」ではなく、作品ごとの「ルールが違う」と説明する。それが理解できない人間は「その作品に参加する資格無し!」と断言するのだ。

宮尾は「『生きた線を引くこと』に対するこだわりは、出崎統・杉野昭夫両氏に関わるアニメーターは『等しく持っていなければならない命題』でした」「『それが出来ないなら近寄るな』が、確実にあったと思います」と当時のことを振り返っている(ツイッターより)。
ベテランも新人も関係なく、基本である一つの「線」に真摯でなければならなかった。

「二度目の人生アニメーター」は、1970年代末のアニメが「アニメ」と呼ばれるようになった一大変革期に、奔流の真っ只中へ飛び込んだ若者たちの現実と葛藤が描かれる。アニメの歴史は、ひたすら地味な努力の積み重ねでできているのだ。まさに「昭和アニメ青春物語」というフレーズがふさわしい。

なお、作中には伝説のベテランとして森タカジ(「なつぞら」で井浦新が演じる仲努のモデル、森康二)の名前が登場する。「なつぞら」でアニメの世界に興味を持った人もぜひ。「ダンガム」の富田カントクも登場する3巻は7月8日に発売予定。
(大山くまお)
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