祖父母殺害事件が題材 映画『MOTHER』で狂気の母親を演じる長澤まさみはうまく荒めたのか
(C)2020「MOTHER」製作委員会

『MOTHER』の元になっているのは、2014年に発生した川口高齢夫婦殺害事件である。当時17歳だった犯人の少年が、自分の祖父母である高齢夫婦を殺害したという事件だ。
その原因としては、自らの両親を殺してでも金を手に入れてこいと指示を出した、少年の母親の存在があったとされる。

なぜ少年は祖父母を殺したのか、『MOTHER』は2時間かけて迫る

『MOTHER』では、この母親にあたる人物である"秋子"を長澤まさみが演じている。

映画は、秋子とその息子・周平が秋子の実家を訪ねるところから始まる。シングルマザーであるにも関わらず定職にもつかず、その日暮らしでぶらぶらしていた秋子は、金に困ると実家にたかりに行くのが常だった。しかし両親にも愛想をつかされた秋子は、金を借りることもできず追い返されてしまう。

金策の当てが外れた秋子は、昼間からゲームセンターで飲酒。そこで、秋子はホストの遼(阿部サダヲ)と出会う。意気投合して遼のアパートに入り浸り、さらに遊び暮らしては市役所職員の宇治田(皆川猿時)から金を毟り取ろうとする秋子と遼。

しかしその最中に宇治田を刺してしまった遼は、秋子と周平を連れて逃げ出し、ラブホテルを転々として生活するようになる。さらにその最中に秋子が妊娠し、遼は秋子から逃げる。どん底の生活を送る中で、秋子と周平はお互いへの依存を強めていく。

祖父母殺害事件が題材 映画『MOTHER』で狂気の母親を演じる長澤まさみはうまく荒めたのか
(C)2020「MOTHER」製作委員会

この2人がいかにして祖父母殺害という凶行に及ぶのか、『MOTHER』は足掛け5年にわたる出来事をみっちり描く。場当たり的でどう考えてもうまくいきそうにないことにガラが悪い人物が取り組み、案の定しくじっては「なんでだよ!!」と周りに当たり散らすという流れが何度も繰り返され、そのたびに子供である周平がひどい目にあう。


この繰り返しはけっこう見ていてしんどく、「なんでこんな映画作ったの……?」という気持ちになってしまうシーンもしばしば。

『万引き家族』とか『岬の兄妹』とか、どん詰まりの貧困とそれでも付いて回る家族関係とを描いた日本映画は最近それなりに作られてきた。『MOTHER』もそれらに連なる作品だと思う。しかし、それらの映画と異なる点が一つある。それが、この映画の主演が長澤まさみであるという点だ。

見た目が整いすぎている長澤まさみは、うまく荒めたのか

長澤まさみといえば、史上最年少で東宝シンデレラオーディションでグランプリとなり、以降は日本映画と芸能界のど真ん中でキャリアを積んできた女優である。

そんな彼女が演じたのが、誰彼構わず場当たり的に金を無心し、行きずりの男と寝まくるシングルマザーの秋子だ。しかも実際に発生した事件を元にした映画である。当然、「あの長澤まさみが、そんな荒んだ役をどうやって料理したんだろう?」という興味が『MOTHER』には付いて回ることになる。

映画のプロモーションではこの秋子について「怪物(モンスター)か、それとも聖母(マリア)か」というようなキャッチがつけられているが、正直なところおれにはそのどちらにも見えなかった。というか、秋子は単に「めちゃくちゃだらしない人」である。

金は欲しいが働きたくない。子供が自分の言うことを聞いているときは可愛く見えるが、そうでないときは疎ましい。
男と寝たいときはサッサと寝てしまうが、その男が持ち込むトラブルについては考えるのもめんどくさい。一事が万事その調子である。

もちろん、映画の中ではその理由も示唆される。例えば秋子が周平に対してネグレクトのような形でしか接することができないのは、自らも母親から十分に愛情を注がれなかったからではないかとか、いろいろ読み取ることができるような作りになっている。しかし、映画の中で発生するトラブルは、ほとんど秋子の圧倒的なだらしなさが原因だ。

そもそも、秋子の周りに男の影が途絶えずそれで周平が苦労するのも、元をたどれば秋子が誰とでも寝るからである。すぐに誰とでもセックスするんだから、そりゃ変な男が寄ってくるに決まっている。別に怪物でも聖母でもない。こういう人はどこにでもいると思う。

しかし、秋子を長澤まさみが演じていることによって、秋子のだらしなさに異なる意味が発生してくることになる。もう一度冷静に考えてもらいたいのだが、長澤まさみが誰とでも寝るのである。ただ単にだらしがないだけなのに、女優としてのルックスのパワーが強すぎて「魔性の女」「怪物か聖母か」みたいな意味づけが可能になってしまうのだ。


だって、どこまでいっても脚がめちゃくちゃ長いのである。単にだらしがないだけではなく、あの見た目と肉体を持った上でだらしがないので、「そりゃモテるよなあ」「綺麗な人だなあ」という方向に観客からの見え方が変わってきてしまうのだ。

祖父母殺害事件が題材 映画『MOTHER』で狂気の母親を演じる長澤まさみはうまく荒めたのか
(C)2020「MOTHER」製作委員会

無論、長澤まさみはものすごく頑張っている。『モテキ』とかを見てもわかるように、長澤まさみはちょいちょい自分の殻を真面目に破ろうとしている。そもそも、若手清純派のど真ん中だった時期にヒロインで出演した『世界の中心で、愛をさけぶ』では、自分から申し出てスキンヘッドになったりしていたという。

周りの思惑はどうだか知らないが、長澤まさみ本人はけっこう「やったるで!」という気骨のある人なのではないかと思う。

秋子役にしても、長澤まさみは頑張っていた。タバコをスパスパ吸いまくり、への字口を歪めて子供を罵り、阿部サダヲにまたがったりしていた。しかしそれだけに、やっぱり眉毛が綺麗だったり唇にしっかり水分が乗っていたりするところがどうしても気になる。

風呂にも入らず路上で生活していたらもっと汚くなるだろうし、ろくに運動せずに酒を飲んでカップラーメンばっかり食べていたらもっと体型も崩れるはずなのではないか。あの白髪の生え方は、ちょっと少なすぎるのではないか。

『MOTHER』はもっとディテールを突き詰めることができたはずのポイントが色々とある。
そこについて、長澤まさみを攻めるのは酷だろう。しかし、ムクムクとだらしなく太り、路上生活で髪の毛はコテコテ、何日も風呂に入っていない状態の長澤まさみを映すことができれば、この映画の意図はもっとストレートに伝わったのではないかと思うのだ。

裏を返せば、それくらい長澤まさみのルックスは整いすぎている。だって、長澤まさみの脚にはこれっぽっちもムダ毛が生えていないのである。毛はしっかり処理してるのに、生活はこんなにだらしなく荒んでいるのか……というギャップがどうしても発生してしまうのだ。

『MOTHER』に長澤まさみを起用した意図はそれなりにわかるし、本人もやりたい感じの役だったのではないかと思う。しかしもっとディテールを詰めなくては、やはり長澤まさみの整ったルックスという強すぎる要素を消すことは難しかった。

逆に言えば、長澤まさみというのはそれくらい強力な女優であるということだ。できればこの人にはシャーリーズ・セロンのような、汚れ役も人間を殴り殺す役もできる美人という方向に進んでいってほしい。そんな気持ちになる一本だ。

作品情報

『MOTHER』
2020年/日本/2時間6分
出演:長澤まさみ 阿部サダヲ 奥平大兼 ほか
公式サイト:https://mother2020.jp/


Writer

しげる


ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。

関連サイト
@gerusea
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