5月14~15日、トランプ米大統領は国賓として中国を訪問し、北京で習近平国家主席と首脳会談を行いました。現職米大統領による訪中は約8年半ぶりで、米中両国は「建設的戦略的安定関係」の構築で一致しました。
ただ、為替市場の参加者が最も注目したのは北京での米中会談そのものではなく、その直前に東京で行われた日米財務相会談でした。
○植田総裁不在の訪日――何が話されたのか
当初は、日銀の植田総裁との会談も取り沙汰されました。しかし、植田総裁は5月8日から13日までスイスに出張しており、ベッセント米財務長官が希望していた対面協議は実現しませんでした。背景には、植田総裁がBIS(国際決済銀行)のグローバル金融システム委員会委員長(議長)に任命されたこともあります。
5月12日には、高市首相がベッセント長官の表敬を受け、その後、片山財務相との会談が行われました。
会談後、片山財務相は記者会見で、「足元の為替動向について、日米で緊密に連携できていることを確認した」と説明。「共同声明に沿ってしっかり連携していくことで一致し、全面的な理解を得た」と強調しました。
一方、ベッセント長官は、日銀の金融政策への直接的な言及を避けつつ、「植田総裁が適切な金融政策運営へ導くと全面的に信頼している」と発言。さらに、高市首相に金融政策に関する要望を伝えたかとの質問には「No」と否定しました。
○「二重のメッセージ」をどう読むか
表面上は穏やかなやり取りに見えましたが、市場では発言の行間に複数のメッセージが含まれているとの受け止めが広がっています。
ベッセント長官は、為替介入による円安是正よりも、日銀の利上げを通じた円安修正を期待しているとみられています。
一方で、財政政策については別の懸念もあります。今年1月には、日本の積極財政への警戒感から長期金利が上昇し、米国債市場にも影響が及ぶとの見方が浮上しました。今回も米側は、日本に対し市場安定を意識した政策運営を求めている可能性があります。
つまり米国は、日本に対して「金融正常化は進めてほしいが、日本の長期金利急騰によって米債券市場を揺らす事態は避けてほしい」という、ある意味で相反する要求を示しているともいえます。
もっとも、今回は植田総裁不在のまま会談が行われたため、こうしたデリケートな認識共有が十分にできなかった可能性も指摘されています。ただ、その後、パリで開催されたG7財務相・中央銀行総裁会議後にベッセント長官は「植田総裁と会話した」と述べたうえで、「植田総裁が政策誘導に成功すると確信している」と発言しており、両者は十分に意思疎通を図ったのではないかと推察されます。
○米中会談後の市場と中東リスク
北京での首脳会談は、米中関係の安定化という点では一定の成果となりました。ただ、為替市場にとっては、必ずしも円安修正シナリオを強める内容ではありませんでした。
米国では4月CPIが前年比3.8%と市場予想を上回り、FRBによる年内利下げは難しいとの見方が強まっています。市場では、12月利上げ観測も再び意識され始めました。
米金利の高止まりが続けば、日米金利差を背景とした円安圧力も残りやすくなります。
さらに、中東情勢の緊迫化による原油価格の高止まりも、日本経済には重荷です。ホルムズ海峡の通航制約への警戒感などからエネルギー価格が上昇すれば、日本の輸入コスト増加や貿易赤字拡大を通じ、円安圧力を強める要因となります。
○日銀の利上げとコミュニケーションが焦点
市場では現在、為替介入と日銀利上げを一体で捉える見方が強まっており、6~7月にかけた追加利上げ観測も織り込まれ始めています。
今後の焦点となるのは、利上げそのものだけでなく、その後の利上げペースについて日銀がどのようなメッセージを発するかです。
植田総裁は、ホルムズ海峡封鎖のようなリスクシナリオ下でも「利上げ判断はあり得る」との姿勢を示しており、市場の利上げ観測を下支えしています。
ただ、今後の利上げ継続に向けて明確な道筋が十分に示されなければ、市場の思惑が振れやすくなるリスクも残ります。
○当面は「機を見た介入」で凌ぐしかない
日銀の利上げ方針が市場に十分浸透するまで、日本当局が当面頼らざるを得ないのは為替介入です。
今回の日米財務相会談では、共同声明に基づく介入容認の姿勢が改めて確認されました。ただ、大規模かつ一方的な介入は国際的な批判を招きやすいため、実際には「機を見た介入」が現実的な選択肢となりそうです。
いずれにしても、円安圧力と介入の綱引きが続く構図は、当面変わりそうにありません。
○ドル円相場、三つの焦点
当面のドル円相場は、
日銀の利上げタイミングとその後のコミュニケーション
米国の金融政策(FRB利下げ先送り)
中東情勢の行方
――という三つの軸を中心に動くとみられます。
米中関係の一時的な安定だけでは、こうした不確実性は解消されません。
市場参加者には、表面的な安心感だけではなく、その裏側にある複層的なリスクを丁寧に読み解く姿勢が、これまで以上に求められる局面に入っています。
藤田行生 SBI FXトレード株式会社 代表取締役社長。神奈川県相模原市出身、中央大学経済学部卒業。改正外為法施行後の1999年から国内黎明期のFX事業において主に外国為替ディーラーとして従事。2008年5月SBIグループでの本格的なFX事業立ち上げのため、SBIリクイディティ・マーケット(株)の設立に尽力。為替ディーリングやシステムなどの責任者を務め、2020年6月SBIリクイディティ・マーケット(株)取締役副社長に就任。その後SBIグループのFX専業会社である、SBI FXトレード(株)代表取締役社長に就任し、現在に至る。 この著者の記事一覧はこちら
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