【スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ】#36


 アルバム『ビートルズ・フォー・セール』(1964年12月4日発売)⑦


  ◇  ◇  ◇


■『パーティーはそのままに』


 脱力作『ビートルズ・フォー・セール』の中でも脱力度の高い4曲(特に後ろ3曲)を一気に。


 ということなので忙しい方は無理せず飛ばしてもいい曲ばかり。


 そんな中でこの曲は、一番まし。「パーティーはそのままに」という邦題から小林製薬「トイレその後に」を思い出すのは私だけか。【オリジナル記事で試聴する


 元々はリンゴが歌うはずだったというカントリー風ナンバー。「リンゴやジョージが歌うときはバックコーラスが聴かせる(出しゃばる)」の法則が生きているのか、例えば試聴リンク再生時間「0:20」からの「♪ウー」のバックコーラスなんか、地味ながらとてもいい。ビートルズはやはりコーラスグループなんだよな。


■『ワーズ・オブ・ラヴ』


 以降3曲は、完全に脱力系。まずはビートルズに巨大な影響を与えたバディ・ホリーのナンバー。ちなみにバディのバックバンド「ザ・クリケッツ」(コオロギ)はビートルズ(かぶと虫)という命名のヒントとなった。


 それはそれとして、この甘ったるい小品は、今聴いても、アルバムの中で浮いているなぁ。


 ちなみにこの曲の邦題としてピッタリの「愛のことば」は、アルバム『ラバー・ソウル』(65年)の『ザ・ワード』という別の曲の邦題として使われている。


■『ハニー・ドント』


 リンゴはこちらのリードボーカルとして登場。アルバムのラストを飾る『みんないい娘』同様、カール・パーキンスのカバー曲である。


 ビートルズのカバーは、原曲を超えることも多いが、この曲などは原曲の方がグルーブしていて、ビートルズ版は何とももっちゃりしている。この曲も飛ばしていいかな。


■『カンサス・シティ~ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ!』


 最脱力アルバムの中の最脱力曲。メドレーになっていて、通常1曲として数えられている。


 どちらもロックンロールの「創始者」の一人、リトル・リチャードのバージョンで知られる。ただビートルズの「リトル・リチャードもの」と言えば、やはり『ロング・トール・サリー』(後日紹介)にとどめを刺す。あの名演に比べると、こちらは緊張感のようなものに決定的に乏しいと言わざるを得ない──。


 というわけで1964年も無事に暮れていく。ビートルズはアメリカでも、そして日本でも人気沸騰。一気に世界的存在となった。そしていよいよ65年へ。


▽スージー鈴木(音楽評論家) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。

早大政治経済学部卒業後、博報堂に入社。在職中から音楽評論家として活動し、10冊超の著作を発表。2021年、55歳になったのを機に同社を早期退職。主な著書に「中森明菜の音楽1982-1991」「〈きゅんメロ〉の法則」「サブカルサラリーマンになろう」「大人のブルーハーツ」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。日刊ゲンダイの好評連載をまとめた最新刊「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」(日刊現代/講談社)が絶賛発売中。最新刊「日本ポップス史 1966-2023: あの音楽家の何がすごかったのか」が発売。ラジオDJとしても活躍。


編集部おすすめ