※本稿は、田原一郎『終末のジェンガ』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■救急医療の人手不足が常態化しているワケ
救急医療が長きにわたって人手不足の状態にあることは、多くの方がご存じのことと思います。
救急医療は急病、事故などの突然のケガが起こった時に絶対にお世話になる、人間社会において最も大事なシステムの一つです。それにもかかわらず、そこに信じられないほど手薄な状態が長い間続いています。
どうしてそんな状態になっているのか。医療政策の歴史を振り返ると、あるパターンが見えてきます。
1.国が仕組みを決めていて、そこに問題が生じている
2.問題がある状態を把握していても、すぐに改善策を講じない
3.大きな問題に発展して、それが報道されると、あわてて改善に向けて動き出す
4.その結果行われた施策で問題が改善しない、むしろ悪化する
5.その施策を講じた責任者を明らかにせず、改善策が適切であったかどうかの検証もしない
このパターンが救急医療の問題にも当てはまっているのです。
報道を見返してみると、このパターンの1~3の内容の報道で終わってしまうケースが多く、その後の4と5は全く報道されません。報道されたものも各社ともほんの少しの報道で終わってしまうことが非常に多いと思います。しかし1~5まですべて周知を進ませる意識をもってしっかり報道しないことには問題の解決はできないのではないかと思います。
■救えるはずだった命
2006年8月、奈良県で分娩中の32歳の妊婦が脳出血を起こし、担当医が19の病院に転送を要請するも、すべて断られるという事態が発生しました。大阪府の病院が受け入れるまでに長時間を要し、帝王切開で赤ちゃんは無事だったものの、母親は出産後に死亡します。
この「大淀病院事件」を毎日新聞が「たらい回し」として大きく報道すると、一気に社会問題化しました。
裁判では担当医に過失はなかったとして遺族の請求は棄却されましたが、裁判長は異例の付言を行います。そして、そのなかには次のような文言がありました。
「救急医療は崩壊の危機にあると評されている」
「救急や周産期医療の再生を強く期待したい」
それまで個別の医療事故として処理されてきた事象が、初めて「医師不足に起因する救急医療体制の構造的問題」として可視化された瞬間でした。
私が当直をし始めた1999年には、すでに大学病院外科の医局員は週に何日も当直に行かなければ外部の病院の夜間診療を維持することができないような医師不足の状態でした。
現場にいた医師にとっては、毎日新聞のこの報道は「そんなこと今さら」という感覚でした。実際の救急車の扱いに関しては、報道より8年も前にはとっくにたらい回しは起きていました。
しかし、この報道を境に、厚生労働省の方針は180度転換しました。
それまで「医師不足はなく、偏在しているだけである」という見解を守り通していた厚労省が、2006年から医師の絶対数不足を認め、政府は対応を始めました。行われた施策が「医学部定員増員」です。ただ、ここで重要な違いが指摘できます。
■「医学部定員増員」では問題は解決しない
大淀病院事件の裁判長は「救急医療は崩壊の危機にあると評されている」「救急や周産期医療の再生を強く期待したい」と発言しており、「医師不足に起因する救急医療体制の構造的問題」として可視化されたわけですが、ここでいう「医師不足」とは「救急に携わる医師や周産期医療に携わる医師不足」ということです。
私がこれまでお話ししてきた「医師不足」も「救急に携わる、外科や周産期医療などの医師不足」です。しかし厚生労働省が行った「医学部定員増員」の政策は、「医師不足」といっても「医師全体の不足」を想定して行ったものです。
この違いから察するに、そもそも問題の捉え方という根本的なことから間違いが生じている(救急医不足が問題なところを医師全体不足に対しての政策を行った)可能性を考えざるを得ません。
■繰り返される悲劇
2006年の「新医師確保総合対策」により、医師不足が深刻な9都道府県について各10人の増員が決定され、翌2007年の「緊急医師確保対策」により全都道府県について各5人などの増員が実施されました。
2007年まで7625人に抑えられていた医学部定員は、わずか数年で9000人を超えました。約2割の増加です。
さらに「地域枠」という制度も拡大しました。これは「卒業後、一定期間その地域で働く」という条件で医学部に入学できる枠です。2007年には173人(全体の2%程度)だったのが、2022年には1736人(全体の19%)にまで増えました。
この定員増により、2020年ごろまで医師数は毎年3500~4000人程度増加するようになりました。
しかし、この医学部定員増員という施策に即効性は全くありません。救急医療現場の状態は変わりませんでした。
2007年8月には奈良県橿原市で妊婦死産事件が起こります。
大淀病院事件の1年後、2007年8月29日に奈良県橿原市で妊娠7カ月の38歳女性が体調を崩し、救急隊が9の病院に9回の要請を余儀なくされ、女性は死産しました。この事件は「受け入れなしの悲劇再び」として大きく報道されました。
■遺族は医療者ではなく国を責めた
2008年10月、今度は東京、墨東病院で事件が起きました。
36歳の妊婦が脳出血を起こし、墨東病院を含む8つの病院から受け入れを断られます。最初の要請から1時間以上経過した後、ようやく墨東病院が受け入れ、帝王切開で子どもは無事でしたが、3日後に女性は死亡しました。
墨東病院では医師の退職が相次いでおり、2008年7月から土日祝日の当直医を2人から1人に減らしていました。不運にも事件は土曜日に発生します。
事件後、遺族の夫は医療者を擁護する記者会見を開き、医療体制の改善を訴えました。
個人の医師を責めるのではなく、システムの問題だと理解していたのです。
■今日もどこかで「たらい回し」が起きている
「医学部定員増員」の施策以降、救急医療に従事する医師を直接的に増やす施策や、救急医療を魅力的にして医師を引き寄せる施策など、救急医療の人員不足を改善する施策は見当たりません。
案の定、状況は変わらず、その後2020年のコロナ禍で再び問題が顕在化しました。
東京では救急患者の受け入れを5カ所以上で断られた事例が、2020年3月に931件と前年同月の700件から急増しました。
2021年8月には、妊娠8カ月の女性がコロナに感染し自宅療養中に出産したものの、受け入れ病院が見つからず新生児が命を落としました。同月、救急搬送困難事案は第2週にピークの3361件を記録し、コロナ以前の2019年と比べて195%増加しました。
かくして救急医療の人不足は解消されずに、その後も有効な打開策は何一つ実施されていません。
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田原 一郎(たはら・いちろう)
医師・医学博士(分子生物学分野)
日本外科学会認定登録医、日本消化器病学会認定専門医、日本消化器内視鏡学会認定専門医。大学病院および一般病院で約10年間臨床医として勤務。現在は一般内科・美容皮膚科診療に携わる。ミスユニバース日本大会審査員(2014~2018)、ミスアース日本大会審査員(2018~2024)、医師監修ドクターズレストラン運営、パーソナルトレーニングジム監修医などを務める。ボディメイク大会グランプリ受賞などの経験あり。著書に『医師が考えた「ボディメイクの教科書」』(ワニ・プラス)がある。
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(医師・医学博士(分子生物学分野) 田原 一郎)

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