苦境をチャンスに変えられる飲食店は何をしているか。ハイデイ日高代表取締役会長の神田正さんは「コロナ禍で郊外ロードサイドへの出店を始めたことで、ピンチがチャンスになった」という――。

※本稿は、神田正『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■群馬、栃木、茨城…ロードサイド出店の成功
熱烈中華食堂「日高屋」を展開するハイデイ日高の創業者兼会長の神田正はコロナ禍の2021年(令和3年)12月、地元のある会合(埼玉のリーダーたちの交流会)で「アフターコロナの経営戦略~V字回復を目指して~」というテーマで講演した。
「駅前店でサラリーマンたちのちょい飲み需要に応える当社の成長エンジンが(コロナ禍)でアゲンスト(向かい風)になった。(赤字で)目が覚めた状態だ」と語った。そしてV字回復の戦略として、これまでほとんど手を付けてこなかった「郊外ロードサイドへの出店」を始めるといった。この戦略により神田曰く「ピンチがチャンスになった」のである。
2026年(令和8年)2月時点で、ロードサイド店は群馬県、栃木県、茨城県などにも展開、60店舗まで拡大している。店にはドリンクバーもあれば、ちょい飲みメニューもある。
神田はロードサイド店は、「ビールなどアルコール類が全く売れない」と考えていたようだが、「売れている」ことに安堵している。自動車の運転手が飲まなければ他の人が飲んでも問題ないからだ。郊外では運転代行を呼ぶのが当たり前で、ロードサイドでもアルコールが出る。
ちなみに2025年(令和7年)10月には新潟の食品スーパー、株式会社オーシャンシステムとFC契約を結んだことは先述の通りだ。
FCで新潟県内に「日高屋」のFC店を10店舗展開する方針だ。
■乗降客2万人の駅に「ポツンと一軒家戦略」
神田がコロナ禍でもう一つ仕掛けたのが、「ポツンと一軒家戦略」だ。
ハイデイ日高ではこれまで乗降客が3万~4万人の駅を出店の目安としていたが、「ポツンと一軒家戦略」では、乗降客2万人の駅の小さな町でも出店しようという意欲的な試みだ。
しかしながら、神田はこの「ポツンと一軒家戦略」を成功させるのは、これまでの「株式会社」方式は限界で、新しいコラボレーション(協業)方式が必要だと考えている。
「乗降客2万人の駅では儲からないので、まず競合店は出店しないでしょう。仮に日高屋が出店すれば約30人の雇用が生まれます。高齢化社会が進む中で、日高屋は町の人々の交流・親睦の場となり、食のコンビニになればいいと思います。
日高屋は、地域の活性化、地域住民の生活・食のインフラとして活用できます。私は地域社会(市・町・村)や行政機関を含め、従業員、顧客、取引先、株主だけでなくステークホルダー全員で持続可能な経営を模索すべきだと思います」(神田)
■「餃子の王将」「幸楽苑」らと競合に
2022年(令和4年)2月期の出店数は24店舗。それまで駅前一等地に絞って出店してきたが、この期では6店舗が「岩槻インター店」「小田原飯泉店」などロードサイド店であった。
神田は「ちょい飲み」を強みとする日高屋のロードサイドの出店には積極的ではなかったが、3年足らずのコロナ禍が神田の心境を変えたのである。
「日高屋」はロードサイドに出店し、「餃子の王将」(株式会社王将フードサービス)や「幸楽苑」(株式会社幸楽苑)、すかいらーく(株式会社すかいらーくホールディングス)グループの中華料理業態「バーミヤン」などと競合するようになった。

ハイデイ日高の2023年(令和5年)2月期の売上高は約381億円、営業利益は6億円強の黒字(前期は35億円の赤字)で、3期ぶりに黒字転換した。2022年3月以降、新型コロナウイルス感染拡大に伴う行動規制の緩和で客数が増えた。2022年8月に主力業態の「日高屋」で約9割の商品を5%程度値上げしたことも寄与した。
その後、ハイデイ日高は業績を回復させ、2024年(令和6年)2月期には売上高約487億円を達成し、過去最高を更新した。営業利益も653.2%増の約46億円となり、大幅な回復を見せたのである。
■社用車を持たず、電車通勤で早朝ゴルフに
神田は社用車を持たず、電車通勤だ。そして、長い間、秘書もいなかったが、数年前から1人ついた。ただし、秘書は会長、社長、相談役の3人を担当している。
毎週土曜日、早朝には千葉カントリークラブ(野田市)にゴルフに行くが、これも1人、電車を利用している。
「この前、専門店でゴルフ用ベルトを買ったが、お袋がよくいっていた『もったいないという気持ちを大切にしなさい』という言葉が脳裏に浮かんできた。ブランド品と安物を見比べて、散々迷った末に結局、数千円の違いだったが安いほうを買ってしまった。後悔したけれども、後の祭りだった……」(神田)
神田は何をするにしても全て自分の目で見て歩いて確認する。
その中でも、特に神田が熱心にやっている仕事に物件探しがある。
実際に出店するとなると、保証金や家賃など1店舗につき5000万~8000万円くらいかかる。失敗すれば、7000万~8000万円のお金をドブに捨てるようなものだ。
こんな責任の重い仕事を、社員にやらせてしまったら、社員のプレッシャーが大き過ぎてしまう。そこで日高屋では神田が物件探しを担当している。筆頭株主でオーナー会長がやるのであれば、仮に失敗したとしても、誰かが責任を負うことはない。
神田は以前、昼、夕方、夜、深夜などに時間を分けて、物件調査をしていた。しかし、経営トップにもしものことがあれば、コーポレートガバナンスが問われ、さらに健全な経営を行なうための監視・管理体制が問われてしまう。
そのため、神田が統括する店舗開発部には、部長1人に加えて、課長・担当者が4人、事務職員1人が配属されていて、出店戦略に基づいて物件探しをしている。
「これはいいな」という物件があれば、開発担当者は神田と協議、神田が物件とその周辺地域をくまなく現地視察し神田が最終決断をしている。
■約4000人のフレンド社員「感謝の集い」
日高屋ではベトナム、中国、ミャンマー、ネパールなど外国人のフレンド社員(パート・アルバイト)が増え続け、今や約4000人を超える。2026年(令和8年)1月末時点で、フレンド社員の約1万1000人のうち約36%を外国人が占めるようになった。

「日本の企業はこれまで、アジアから来た外国人を上から目線で採用してきました。けれど、そういう採用の仕方はもう通用しない、はっきりいって彼らがいなかったら会社は潰れる、彼らに助けてもらっている、という気持ちで接して欲しい」(神田)
神田は国籍、学歴、性別などに関係なく、実力があれば店長に抜擢してきた。今や飲食業やコンビニなど小売業の最前線においては、外国人雇用と外国人店長の活躍で成り立っている。
だから国籍に関係なく、考課によって日本人と同じように昇給・昇格する。
神田は2014年頃(平成26年)から、フレンド社員(パート・アルバイト)に対しても、ボーナスの支給を始めた。そして神田は「フレンド社員感謝の集い」を毎年開催しているが、そのきっかけは、ある外国人女性のフレンド社員のことだった。
■日本語問題を解消した「タッチパネル」
「夜番で長年働いてくれていた外国人女性のフレンド社員が、2010年(平成22年)頃、何もいわずにさっと辞めてしまったんです。『いつもありがとう』と感謝の言葉を伝えることもできないうちに、辞められてしまって、非常に悲しい思いをしました。
それで、そんな風に辞められてしまう前に、『フレンド社員感謝の集い』を開こうと決めたのです。その前身の従業員交流会を開催したのが2011年(平成23年)のことでした。
最初は参加者もそんなに多くなかったのですが、ホテルの宴会場を借りてやっていたら、だんだん参加者が増えてきて、今では年間5~6回開催しています。コロナ禍では中断しましたが、従業員の福利厚生として実施しています」(神田)
日本語がまだ充分に話せない外国人雇用に、画期的なオーダーシステムの「タッチパネル」が効果的だった。

タッチパネル式オーダーシステムの導入は「日本語問題の解消」になった。注文をとったり、日本語の会話に困ることがなくなり、外国人フレンド社員だけで運営できる店も増えた。
日高屋では中期経営計画で2028年(令和10年)2月期までにタッチパネル式オーダーシステムを全店に導入する予定だ。

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神田 正(かんだ・ただし)

ハイデイ日高代表取締役会長

1941年生まれ。73年に大宮市(現:さいたま市)内にラーメン店「来々軒」を開店。78年に日高商事(現:ハイデイ日高)を設立、代表取締役社長に就任。2009年から現職。

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(ハイデイ日高代表取締役会長 神田 正)
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