■空席があるのに客を入れられない
「テーブルは空いているのにお客さんを入れられないんです。外国人に働いてもらわないとサービスは維持できない。
このままでは潰れかねません」
千代田区にあるレストランの支配人はこう嘆く。外食産業での人手不足はコロナ前からだったが、ここへきて深刻の度合いが増している。ところが、そこに追い討ちをかける政府の政策変更が起き、現場では戦々恐々の事態になっている。
農林水産省と出入国在留管理庁が、4月13日から外食産業で「特定技能1号」という資格で働く外国人の受け入れ停止を始めたのだ。「特定技能」は外国人労働者の在留資格制度の一つで、2019年にできた。建設や介護、外食といった人手不足の産業分野で、一定の専門性や技能を持った即戦力の外国人労働者を採用するための在留資格として急速に人数が増えている。
外国人の受け入れに関して、日本政府は以前から「移民制度は採らない」という立場を貫いている。従来多用されてきた「技能実習生制度」も「労働」ではなく「研修」という建前で長年使われてきたが、特定技能制度は正面から「労働力」として外国人を受け入れるための制度として作られた。
■特定技能は「事実上の移民制度」
特定技能には「1号」と「2号」があり、1号は最長5年、在留することができる。さらに1号などを経験して熟練度を増した人を対象とする「2号」では、無期限の在留資格が得られ、家族を呼び寄せる事も可能になる。日本に長期にわたって定住することになるわけで、事実上の移民制度と言える。
すでに特定技能1号の在留資格で働く外国人は2025年11月末現在で37万5044人。
政府は上限を設けているが、その数は80万5700人で、現在でも上限には達していない。ところが、分野別にも上限が設定されており、外食業は上限5万人。外食業で働く特定技能1号の外国人は昨年11月末時点で4万2396人だったが、今年2月末の速報では約4万6000人となっている。このペースで行くと5万人突破は確実なため、政府が4月13日以降の受け入れを停止したのだ。それ以降は申請しても不許可になっている。
■スマホ注文、ロボット配膳でも人が足りない
こうした事態に、外食産業の現場からは悲鳴が上がっている。外国人を規制したからといって日本人が働いてくれるわけではない。かつては外国人労働者は「低賃金の労働者」という感覚があったが、「今や日本人と給与は同等だし、社宅などの用意もするのでコストは決して低くない」(前出の支配人)。要はお金の問題ではなく、とにかく人が足らないというのだ。
コロナ前までは居酒屋に行くと中国人留学生が対応するというのが定番だったが、今や中国人留学生は居酒屋では働かない、という。居酒屋のような重労働の職場は敬遠され、観光客の受け入れなどよりホワイトカラーに近い仕事を選んでいるという。何より中国人留学生が経済的に豊かになったこと、さらに円安で賃金が外国人から見て魅力的でなくなったことが大きい。

最近は、居酒屋はスマホなどを使った注文が主流になり、配膳もロボットが行うようになるなど、人手が大きく削られている。それでも店を回すのに十分なスタッフが確保できないという。ちなみに働いているロボットの多くも中国製だ。
■緩和に動けない霞が関の事情
外食店での皿洗いといった裏方の仕事はほとんど外国人が占めている。中国やベトナムではなく、ネパールやパキスタン、ミャンマーなど、より自国内の賃金が安く、日本の重労働で比較的高い賃金を稼ぐことに意欲がある途上国の人たちが主流になっている。
このまま受け入れが停止すると、外食企業の人手不足倒産の増加などに直結しかねない。すでに業界からは5万人という上限の見直しを求める声が上がっている。
だが、そう簡単に霞が関は緩和に動けないと見られる。2025年11月に発足した高市早苗政権では、外国人政策に厳しい姿勢を見せているからだ。外国人の在留資格審査の厳格化や、永住・帰化の要件の引き上げなどを打ち出している。今後、無期限で在留できる「特定技能2号」の審査などもより厳格化される可能性もある。つまり、外国人労働者を増やすという政策にブレーキがかかっていく可能性が高いのだ。

■「労働者ならいいけど、移民は反対」
背景には国民の間に広がっている「反移民」感情がある。右派政党などが意図的に移民反対を煽っていることもあるが、多くの国民が「労働者としての受け入れは良いが、移民は反対」というムードになっている。
多くの日本人は「外国人は出稼ぎに来て、後は国に帰ってください」というスタンスが通じると考えているようだ。というのも1980年代にイラン人やブラジル人が出稼ぎに来てその後、多くが帰国した経験を知っているからだ。それを繰り返せばよい、というのだ。
だが、当時と大きく違うことがある。通貨の強さだ。当時の円はどの通貨に対しても強く、世界最強の通貨と言われた。日本円で給料をもらえば、自国通貨に両替したら驚くような金額になった。日本の給与は世界一と言われたのもこの頃だが、要は通貨が強かったのだ。
ところが今や日本円はどんどん弱くなっている。1990年代に1スイスフラン=100円を下回っていた日本円は、つい先日1スイスフラン=200円の最安値を付けた。
通貨が強く物価が高いスイスでは、1スイス・フラン=100円でも、日本人が驚くような高物価に感じたが、今や日本円で考えると凄まじい。
■「移民受け入れ」を前提とした制度設計が必要
チューリヒのマクドナルドのビッグマックセットは15.10スイスフランなので3000円。日本の都市部では830円程度だから3倍以上に感じる。それほどに日本の円は弱くなっているのだ。
それでも日本に働きに来てもらおうと思えば、先進国並みの給与を払うしかない。米カリフォルニア州の最低賃金は時給16.90ドル(約2680円)だし、ドイツの最低賃金も13.90ユーロ(約2580円)だ。
また、短期間で帰ることが前提では、その国の制度や文化を学ぼうとしない、という問題がある。つまり、定住できる資格を与えてはじめて長期に安定して働いてくれる本当の日本の労働者になってくれると考えるべきだ。一方で、長期にわたって外国人に定住してもらうためには、ドイツが義務付けているようなドイツ語の学習時間や社会ルールの習得など、日本居住者としての最低のルールを身につけてもらう制度設計が必要だろう。これは「移民受け入れ」を前提としなければできない。
■クリーニングもコンビニ弁当も…
それでも移民は受け入れないというならば、現在の生活水準が劇的に下がることを日本社会として受け入れるかどうかを決断する必要がある。クリーニング店に出せば早ければ翌日に仕上がってくる洗濯物の工場は、猛烈な熱さの中で働く過酷な環境だが、ほとんどを外国人労働者に頼っている。
この環境で働く日本人を雇用するにははるかに高い賃金を提示しなければ集まらないだろうし、それでも過酷な労働に耐えられるかどうかは分からない。当然、サービスに時間がかかり、さらに料金も大幅に高くなることを覚悟しなければならないだろう。
午前中には何種類も並んでいるコンビニ弁当の惣菜を詰める工場の作業員も多くは外国人だ。深夜から早朝まで働く労働は決して楽ではない。そこに外国人労働者がいなかったならば、便利さは失われるか、便利さを追求するための商品の金額は大幅に上昇することになるだろう。これまで当たり前だと思ってきた便利さと決別するのか。
■良き隣人になる移民は受け入れるのが世界の主流
不法滞在や就労、日本の公的サービスの不正利用といった不良外国人の問題が大きく取り上げられる。イギリスなど世界の先進国でも「不法移民」に対する抗議行動が起きているが、それはあくまで「不法移民」であって、自らの良き隣人となる移民は受け入れるという人たちが主流だ。移民に反対する人たちは、この不法移民と、真っ当な移民を意図的に混同して問題化している傾向がある。
出生数が70万人まで減る中で、サービスだけでなく、コミュニティを維持する上でも、移民を真正面から考える。今回の特定技能問題で見える課題は氷山の一角に過ぎない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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