なぜ「進次郎構文」は印象的なのか。政治学者の森川友義氏は「小泉進次郎氏の『進次郎構文』は単なるポエムではない。
耳につき、記憶に残る理由が明確にある」という――。
※本稿は、森川友義『政治家の「答えない」技術』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■あまりに独特な「進次郎構文」
「それ、進次郎構文じゃない?」
このフレーズがネットやテレビで交わされるようになったのは、令和の幕開けとともに小泉進次郎が注目されるようになってからである。もともと構文という言葉は、言語学の専門用語であり、一般人の語彙(ごい)ではなかったが、彼の発言があまりに独特だったため、「何かの型に見える」という印象が強まり、構文という概念が庶民の語彙として生まれ変わった。
これは特筆すべき現象である。かつて、政治家の発言は失言や名言として注目されることはあっても、構文として文体的に分析されることは少なかった。意味ではなく構造。内容ではなく形式。小泉進次郎は、政治家でありながら構文作家として受容されるという異例のポジションを得た。
しかもこの構文は、本人が意識してつくっているというよりも、発言の累積によって自然に浮き上がってきた。発言の一つひとつは、実はまったく同じ型ではない。なのに、全体として進次郎っぽいという感覚が形成されていく。

これは単なる言い回しの問題ではない。語彙、リズム、間、表情、すべてを含んだ総合芸術としての語りが存在している。
言葉が構文化されるというのは、聞き手の側において「これは型である」と認識されることを意味する。その瞬間、語りは発言ではなく、様式となる。小泉進次郎構文は「意味ではなく雰囲気で印象をつくる型」である。意味を語っていないのに、なぜか語ったように感じられる。この不思議な力が、多くの人を惹きつけ、同時に失笑させる。この両義性が、構文としての定着を決定づけた要因である。
■リズムと言語のズレに宿る魅力
進次郎構文の根幹にあるのは、リズムである。意味ではない。言葉のつながりの自然さでもない。どこかリズムが整いすぎていて、逆に意味が浮かび上がってこない。
けれど、その響きに心地よさを感じてしまう。まるで詩(ポエム)を聞いているような錯覚。そこにこの構文の魅力がある。
たとえば、進次郎が繰り返し使う「未来を恐れるよりも、未来を信じたい」というフレーズ。言葉としての筋は曖昧(あいまい)で、論理としての飛躍もあるが、韻律(いんりつ)がきれいに整っている。まるで4拍子のドラムが刻まれているように、耳が先に納得してしまう。脳が「理解する」前に、身体が「納得する」構文である。
この手法は、実は広告やキャッチコピーの世界では一般的である。前述の構文も、広告コピーのリズムと酷似している。重要なのは、伝えることではなく、印象を残すこと。つまり、言葉が意味を運ぶ容器ではなく、感情を揺らす音楽になっている。
■SNSとの相性も良い
この構文は、メディアとの相性が非常に良い。
テレビでは音のリズム、SNSでは字面の反復性が強調される。理解されなくても成立する。むしろ、理解されすぎると構文の魔力は失われる。聞き手が意味を追えば追うほど、「あれ、なんか変だぞ」と気づいてしまう。そのとき構文は構文として崩れる。
しかし、まったく意味がないわけでもない。そこがややこしい。言葉の中には、「変化」「挑戦」「覚悟」「一致団結」など、誰もが共感しそうなキーワードが必ず仕込まれている。
つまり、誰もが自分の物語に引き寄せられるように設計されている。構文の核心は、語り手の意図ではなく、聞き手の想像力に委(ゆだ)ねられている。
進次郎構文は、意味を固定しない。それによって、意味の多義性が生まれ、解釈の自由が開かれる。
この自由が共感を生み、共感が好意を生む。中身が空洞でも、器が共鳴する。これは一種の言語的マジックであり、現代政治における新種の構文である。
■聞き手の感性に委ねる構文の設計
進次郎構文が不思議な説得力を持つ理由は、語り手が意味を与えるのではなく、聞き手に意味を委ねている点にある。つまり、「これはこういうことです」と語るのではなく、「あなたが思うように感じてください」というスタンスをとる。発言の主導権が、語り手から聞き手に静かに移される。
多くの政治家構文は、責任逃れや論点回避といった自己防衛を目的とするが、進次郎構文は聞き手への委任を戦略にしている。これは一種の信頼のポーズであり、聞き手に対して「あなたならわかってくれる」という含意を放っている。
この構造が生み出すのは、説得ではなく共感である。議論を巻き起こすのではなく、同調を誘う。結果として、進次郎構文は「政策を説明する言葉」ではなく、「場の空気を整える言葉」として機能する。そこに論理の積み上げはないが、なんとなく居心地のよい言語空間が形成される。

この構文は、批判されにくい。「中身がない」と言われたところで、「それはあなたがそう受けとっただけ」と返せる余地がある。聞き手が意味づけた構文は、批判されると聞き手自身が否定されたような気分になる。こうして、進次郎構文は受け手を自分の共犯者に変えてしまう。
言葉の力とは、語ることでなく、語らせることにもある。その意味で、進次郎構文は従来の政治言語とは逆方向の戦略を採っている。語らないことで、語らせる。意味をつくらず、意味をつくらせる。この脱構築的構文が、人々の記憶に残り、ネットで繰り返され、構文化された理由はそこにある。
■ポエム構文の文体技法
進次郎構文は、文としての意味よりも、語感やリズム、音の流れを優先して設計されている。その構文は、散文ではなく詩に近い。政治的な言葉でありながら、情報伝達を目的とせず、印象の残存を狙う。
論理ではなく響き。説得ではなく詩情。これが「ポエム構文」とも称されるゆえんである。
この構文に頻出する文体技法のひとつが、「反復」の多用である。同じ単語やフレーズを繰り返すことで、リズム感を生み出す。
たとえば、「30年後の自分は何歳かな……30年後の約束を守れるかどうか、その節目を見届けることができる政治家だと思います」というもの。
この構文の前半部分は意味がない。そもそも自分の年齢を知っているわけで30年後の年齢もわかっているはずであるが、それでもあえて年齢を言わないで、「30年後」を反復している。反復することで意味内容の展開がないものの、聞き手にはなぜか「強い意志」「自己責任」「誠実さ」などの印象が残る。
これは、語の反復によって「感情の波」を起こす技法である。内容ではなくリズムによって聞き手の心を揺らす。歌詞や詩に見られるテクニックと同型である。意味が重ならずとも、音が重なれば印象が増幅する。まさに意味よりも響きという構文設計である。
■特徴的な「対比」
もうひとつ注目すべきなのが、「対比の強調」である。
「気候変動の戦いは、楽しくなければ続かない。だからこそ、クールに、セクシーにとり組むべきである」
記者会見(2019年、国連気候行動サミット)での発言は英語であるが、「楽しい」に対比して、「クール」と「セクシー」が用いられている。3つの前に「It's got to be」を繰り返して挿入することで対比を強調している。進次郎構文の技法はこのように反復と対比によって語る構文である。
構文の構造はいつもだいたい明確で、慣れると次にどのような発言をするか予想がついてくる。

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森川 友義(もりかわ・とものり)

政治学博士

早稲田大学国際教養学部教授(前職)。1955年群馬県生まれ。早稲田大学政経学部卒、ボストン大学政治学修士号、オレゴン大学政治学博士号取得。国連勤務後、米国ルイス・クラーク大学助教、オレゴン大学客員准教授等を経て、現在に至る。専門は日本政治、恋愛学、進化政治学。政治学の著書としては『60年安保 6人の証言』(編著、同時代社)、『若者は、選挙に行かないせいで四〇〇〇万円も損している!?』、『どうする!依存大国ニッポン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『生き延びるための政治学』(弘文堂)等がある。

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(政治学博士 森川 友義)
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