2018年7月、愛知県豊田市の小学校で1年生の児童が、校外学習から戻った後教室で倒れ、熱中症で亡くなるという痛ましい事故がありました。
これを受け、政府は全国の公立小中学校へのエアコン設置を急速に進め、当時約60%だった普通教室の設置率は、わずか2年で約93%に、最新の調査によれば、現在99%に達しています。
ほとんどの学校にエアコンが設置されたことで、教室は快適になったのでしょうか?
実は、問題はまったく解決されておらず、教室は、むしろより劣悪な環境になっています。
一体なぜなのか。
本稿では、住まいづくりをサポートする会社を経営し、日々、建物の性能に向き合う筆者が、2人の専門家に取材した内容をもとに、その理由を解き明かしていきたいと思います。
■生徒の77%が「寒すぎて授業に集中できない」
「日本の学校が暑くて寒いのは、気候変動のせいだけではない。建物そのものが、熱を逃がし、熱を取り込む構造になっているからだ」
そう話すのは、『断熱学校 ~学校から脱炭素社会~』を執筆した、東北芸術工科大学の竹内昌義教授です。
竹内教授は、北海道から九州まで、多くの学校はほぼ同じ仕様だと指摘しています。
既存の学校の多くが鉄筋コンクリート造で2~4階建て。南側は大きな窓、北側は廊下、窓はアルミサッシが主流で、冬が氷点下になる東北や北海道でもシングルガラスが一般的です。
また、壁や屋根に十分な断熱材が入っている例は少なく、入っていても屋上スラブの内側に30ミリ程の薄いものが貼られている程度なんていうことも珍しくありません。
つまり、窓・壁・天井・床から、夏は外気や日射の熱が入り込み、冬は暖気が流出しています。
そこにエアコンを設置すると、どうなるのでしょうか。
夏は冷やし続け、冬は暖め続けるしかありません。
実際、長野県のある高校で、冬に室温を計測したところ、暖房が入っているにもかかわらず、教室の床表面温度は2度だったそうです。その学校では、日射の得られる窓際と廊下側の温度差が大きく、生徒の77%が「寒さで授業に集中できない」と回答したといいます。
■断熱性能が義務化されたのはつい5年前
夏場も同様です。
冷房が設置されていても、教室温度が35.1度に達した事例が報告されています。
見落とされがちなのが、鉄筋コンクリート造特有の「輻射(放射)熱」の影響です。
コンクリートは熱容量が大きく、日射や外気により、コンクリート躯体そのものが熱を蓄えます。夏場には熱くなったコンクリートが室内側へ輻射熱を放射し、冬場には冷え切った壁や床が、冷輻射によりひとの体温を奪います。
人は空気の温度だけで快・不快を感じているわけではありません。体感温度には、壁や床、天井など周囲の表面温度から受ける輻射の影響がとても大きいのです。
たとえば、室温が20度あっても、床や壁が極端に冷えていれば体感温度は大きく下がります。
床の表面温度が2度の教室は、たとえ室温が十分に上がっても、床から体温が奪い続けられているのです。
例えば下の写真は、夏の都内の最上階にある小学校の画像です。
天井付近の2台のエアコンから15℃程度の冷気が出ていますが、天井付近は32℃に達しています。天井や壁・窓が高温になっており、エアコンが稼働中であるにもかかわらず、輻射熱で教室内がとても暑くなっていることがわかります。
また、下の写真も都内の冬の小学校の画像です。
エアコン(暖房)が稼働していますが、暖気は上方に集まり足元が寒いことがわかります。窓は低断熱なアルミサッシ・単板ガラス、壁も無断熱のコンクリートのため表面温度は10℃台で、冷輻射が生じています。
体育館ともなると、下の写真のようにその状況はさらに深刻になります。
問題なのは、最近まで断熱設計が制度上、義務ではなかった点です。
文部科学省の学校環境衛生基準は室温の目安を示していましたが、断熱性能そのものは義務化していませんでした。
建築物省エネ法で300㎡以上の非住宅建築物に対して断熱が義務化されたのは、2021年4月、つい最近のことです。それ以前に建てられた学校などの公共建築物には、断熱を施す義務は存在していませんでした。
■「学校こそ高性能に」という発想
対照的なのが、北米の状況です。
米国東海岸マサチューセッツ州で学校・保育園等の公共建築物の新築・改修、低所得者層の集合住宅の設計を行い、ウェントワース工科大学大学院で客員教授も務めるマサチューセッツ州認定設計士の岡田早代さんは、「北米では、学校こそ高性能にするという考え方があります」と語ります。
まず、「窓性能」です。
「学校建築にトリプルガラスのサッシを使うことは特別ではありません。先進的な州や自治体の学校では、ネット・ゼロ・エネルギーを目指すため、公共建築、とくに学校ではトリプルガラスのサッシを使う事が標準的な仕様になりつつあります。」(岡田さん)
日本では、前述の通り、アルミサッシ・シングルガラスが標準です。トリプルガラスというと、一部の超高気密・高断熱住宅の象徴のように扱われます。
背景にあるのは、単なる環境意識の高さではなく、経済合理性に基づく発想です。
「建設時に多少コストが上がっても、50年単位のライフサイクルコストで見れば、そのほうが合理的という考え方です」(岡田さん)
学校の冷暖房費や維持管理費は、日本と同様に税金で賄われます。
とりわけ寒冷地では、低断熱の建物は維持費が跳ね上がるため、結果的に自治体の財政を圧迫します。初期費用が上がっても、毎年のエネルギー支出が確実に下がるのであれば、長期的には総支出は小さくなる。
だからこそ、建設費だけでなく、将来にわたる光熱費まで含めて意思決定を行うのです。
北米では、公共建築の性能基準が州や自治体レベルで厳しく定められ、断熱性能や気密性能が設計段階から当然の要件とされている州や自治体が多く存在します。
岡田さんは続けます。
「日本では建設費の増加はすぐに問題になりますが、光熱費は“毎年のこと”として見過ごされがちです。しかし自治体財政の観点から見れば、エネルギーコストは確実に積み上がる固定費です。そこを減らすほうが合理的ではないでしょうか」
■日本は構造的な問題を抱えている
日本では、学校などの公共建築の議論は、どうしても初期コスト(建設費)に集中しやすい傾向があります。
一方、断熱性能を高めることで削減されるはずの冷暖房費は、数十年にわたり分散するため、あまり意識されません。
建設費はその年の予算で評価され、光熱費は翌年度以降の経常支出として処理される。この制度的分断も、「安く建てること」を優先する構造を生んでいる一つの理由でしょう。
しかし本来、税金で維持する建物こそ、中長期的な支出を最小化する設計思想が必要ではないでしょうか。
高断熱化することについて、技術的な問題があるわけではありません。日本にも高性能な窓や断熱材は存在します。
それを「必要なコスト」と考えるか、「贅沢」とみなすか、根本的な考え方の違いがあるのです。
学校は、教育施設であると同時に、地域のインフラであり、数十年にわたって維持される公共資産です。
短期的な建設費を抑えることを優先するのではなく、本来は長期的な経済合理性で判断すべきなのです。
■校舎リノベで年間電気代が半減した
このような学校の断熱性能不足は、建て替えるしか方法がないのでしょうか。
じつは、学校の教室の高断熱化は、それほど大変なことではありません。比較的簡単に断熱改修することが可能です。
『断熱学校』では、天井裏へのグラスウール充填、内窓設置、日射遮蔽対策など、断熱リノベの方法が紹介されています。
たとえば教室では、
・天井裏に断熱材を追加する
・窓に内窓を設置する
・日射を外側で制御する
・CO2センサー付きのオンデマンド換気を導入する
といった対策が挙げられています。
これらは比較的簡便な工事で可能です。しかしながら、温熱環境とエネルギー消費に大きな改善効果をもたらします。
校舎だけでなく、体育館の改修も可能です。そして、体育館についても、経済的にも合理的な取り組みであることが文部科学省の試算で示されています。
「断熱性のない体育館※ 参考文献」に断熱工事を行った場合、エアコンの容量は1台あたり128kW超から70kW程度に、さらに、室内機の台数は、8台から5台に削減できます。
※想定は、東京に⽴地する延床⾯積930㎡の体育館
試算によれば、
・断熱なし:約280万円
・断熱あり:約140万円
と、年間電気代は、ほぼ半減。
グラフのように、15年後のエアコン更新時点で断熱改修費(エアコンの設置費用を含めて6600万円)の回収が可能で、40年間では約5500万円の経費削減になるとされています。
ここで重要なのは、「断熱はコスト増」という既成のイメージは正しくないという点です。
エアコンは15年前後で更新が必要になります。その際、断熱が不十分であれば大容量機器を再び導入せざるを得ません。一方、断熱改修によって必要容量を小さくできれば、設備更新費そのものも抑えられます。
つまり断熱は、光熱費だけでなく、設備更新費も含めた総コストを下げるのです。
■能登半島地震が突きつけた現実
学校は教育施設であると同時に、その多くは、災害時の避難所でもあります。
とくに体育館は、地域住民が最初に身を寄せる場所です。大規模災害が発生すれば、数百人規模の避難者が長期間滞在することもあります。
令和6年の能登半島地震でも、多くの被災者が断熱性能の十分でない体育館での生活を余儀なくされました。冷たい床に段ボールを敷き、毛布に包まって夜を過ごす様子が報じられました。
能登半島地震の直接死の死者数は228人。一方、災害関連死者数は、その倍以上の495人(2026年2月20日時点)に上っています。
そして、災害関連死と認定された方の死因は、34%が循環器系、33%が呼吸器系の疾患です。
体が寒さにさらされると、血圧や血管収縮、血液粘度、炎症反応などに影響し、心血管系にストレスがかかります。
同様に寒さは気管支収縮を誘発し、粘膜繊毛防御やその他の免疫反応を抑制し、局所的な炎症を引き起こし、呼吸器感染症のリスクも高めます。
当然、持病や食事に起因するところもあるでしょうが、避難場所の「寒さ」は無視できません。
この災害関連死者数の多さは、避難場所である公共建築物の性能の低さに起因する「人災」ともいえるのです。
話を戻すと、学校建築の「断熱」への投資は、経済合理性があるだけではなく、生徒たちの快適な学習環境の確保、さらには、災害などいざというときに多くの人の命を守ることにもつながるのです。
■まずは「できること」から始めてみる
断熱改修は、省エネルギー対策であると同時に、教育環境の改善策であり、防災力の強化策でもあります。中長期的に見れば、経済合理性にもかなう投資です。
既存の学校建築の断熱性能を抜本的に引き上げていくことは、本来、国や自治体が計画的に取り組むべき課題です。
しかし、すべての学校を一斉に大規模改修することは現実的ではないかもしれません。予算の制約もあり、優先順位の調整も必要になります。
だからこそ、まずは「できることから始める」という視点が重要です。
その入り口として有効な手段として、『断熱学校』で紹介されている「断熱ワークショップ」という取り組みがあります。
これは、生徒や地域住民や保護者、教職員らが参加し、学校の断熱改修を実際に体験しながら行う活動です。
たとえば、
・天井板を外し、袋入りグラスウールを敷き詰める
・内窓を設置する
・日射を遮る工夫を行う
といった比較的実行可能な改修を、ワークショップ形式で行います。
プロの手を借りながらも、素人の生徒たちの改修で、教室の温熱環境は確実に改善します。写真は、「おかやまエネルギーの未来を考える会」というNPO法人の支援を得て行われたワークショップの風景です。
こういった取り組みの意義は、単に断熱改修コストを抑えられる点だけではありません。
学校は教育の場です。その学校を断熱するプロセスそのものが、環境教育にもなります。
また、大人たちにとっても、学校という公共資産を「自分たちのもの」として捉え直す機会になります。断熱という目に見えにくい性能を可視化し、地域全体で考える契機になるのです。
■すでに実施している自治体がある
すでに、長野県、東京都葛飾区、宮城県仙台市など一部の自治体では、断熱ワークショップを主体的に実施したり、補助制度を設けたりする動きが始まっています。
こうした事例は、決して特殊なものではなく、他の自治体にも展開可能な取り組みです。
竹内教授は、“TTP”、すなわち既存の取り組みを「徹底的にパクる」ことを推奨しています。新たに手探りで取り組むよりも、既存の取り組みを「パクる」方が効率的であることは間違いありません。
自治体が、断熱ワークショップを支援することには、複数の意義があります。
第一に、比較的小規模な予算で温熱環境を改善できる可能性があること。
第二に、断熱性能向上の効果を地域が実感できること。
第三に、将来的な本格改修に向けた理解と合意形成の土台をつくれることです。
断熱は、建物の内部に隠れた性能です。しかしその影響は、子どもたちの学習環境や、災害時の生命環境にまで及びます。
既存校舎の断熱リノベーションを順次進めていくことは望ましい。その方向性に異論は少ないはずです。
その第一歩として、自治体が主体的にワークショップを実施する、あるいは地域の取り組みを後押しする。
そこから始めてみてはどうでしょうか。
学校が暑くて寒いことを「仕方がない」と受け入れるのではなく、改善できる公共資産として捉え直す。
その意識の転換こそが、健やかで安全な社会への入り口になるのかもしれません。
岡田早代(おかだ・さよ)
マサチューセッツ州認定設計士、 ウェントワース工科大学大学院客員教授、自然エネルギー財団研究員(建築の脱炭素関連)
2004年よりマサチューセッツ州で学校・保育園等の公共建築物の新築・改修、低所得者層の集合住宅の設計に従事。環境コンサルタントとしても活動している。
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高橋 彰(たかはし・あきら)
住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事
東京大学修士課程修了。リクルートビル事業部、UG都市建築、三和総合研究所、日本ERIなどで都市計画コンサルティングや省エネ住宅に関する制度設計等に携わった後、2018年に高気密・高断熱住宅の工務店を無料で紹介する「高性能な住まいの相談室」を運営する住まいるサポートを創業。著書に、『元気で賢い子どもが育つ! 病気にならない家』(クローバー出版)、『人生の質を向上させるデザイン性×高性能の住まい:建築家と創る高気密・高断熱住宅』(ゴマブックス)、『結露ゼロの家に住む! ~健康・快適・省エネ そしてお財布にもやさしい高性能住宅を叶える本~』などがある。
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(住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事 高橋 彰)

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