馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はシンボリクリスエスが勝った2002年の青葉賞を取り上げる。

“ダービー馬が出ない”と言われる青葉賞勝ち馬の中で、最もダービー馬に近い存在だったかもしれない。

 

 ためにためた瞬発力を一気に放出した。ラスト300メートル。道中は内ラチ沿いでジッと脚をためていた、武豊とシンボリクリスエスの視界が一気に開けた。一瞬のVロードを逃しはしない。武豊のアクションが激しくなり、右ステッキが一発、二発と入る。その動きに比例するように増していく加速度。大きなストライドで外から追いすがる他馬を突き放すと、ゴール前では早々と飛び出す。2馬身差。終わってみれば、全く危なげのない完勝だった。

 前年から外国馬にも開放されていた競馬の祭典への道。強烈なインパクトを残した相棒を、武豊は最大限に近い賛辞でたたえた。

「馬込みを苦にしない。2400メートルでこの勝ち方だから、ダービーの有力馬でしょう」。今回は主戦の岡部が同じ藤沢和厩舎のボールドブライアンに騎乗したための「代打」。本番は皐月賞で1番人気3着だったタニノギムレットとのコンビが決まっているが、自らの手綱さばきで強力なライバルを作った形だ。藤沢和調教師も冗談で「アメリカから連れてくるなりして探さないと」と漏らすほど。それほど、期待の高まる勝ちっぷりだった。

 しかし、皮肉な現実が待っていた。日本ダービーは岡部の手綱に戻ったが、勝ち馬が繰り出した強烈な決め脚に屈する形の2着。その勝ち馬は武豊が手綱を執るタニノギムレットだった。日本競馬史に燦然(さんぜん)と輝く藤沢和調教師はダービートレーナーの座を逃し、2017年のレイデオロで獲得するまで15年の年月も待つことになる。

 シンボリクリスエスはその後、3歳時と4歳時に天皇賞・秋と有馬記念も制し、2年連続の年度代表馬に選ばれるほどの存在になった。特にラストランだった03年の有馬記念は2着にG1史上最大着差タイとなる9馬身差をつけ、今も語りぐさとなっている圧倒的なパフォーマンスを見せた。

ちなみに、武豊騎手とコンビを組んだのはこの時一度きりだった。

 種牡馬としても今や名種牡馬となっている母シーザリオのエピファネイアや、同じく今は種牡馬で2018年の最優秀ダートホースにも輝いたルヴァンスレーヴなどを送り出した。2020年に天国へ旅立つまで、日本競馬界で際立つ存在感を示した。

 ただ、これほどの名馬でも打ち崩せず、今も続いているのが「青葉賞の勝ち馬からダービー馬は出ない」というジンクス。本番と同じ舞台のトライアルだというのに、皐月賞組以外の他路線組でも勝っているというのに、ここからダービー馬は出ていない。新たな歴史が生まれる瞬間は今後、どのような形で訪れるのだろうか。

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