サッカーのW杯北中米大会(6月11日開幕)に臨む日本代表の中村俊輔コーチ(47)が、21日までに合同取材会で就任後初めて取材に応じた。現役時代はファンタジスタとして世界を沸かせ、2006年ドイツ、10年南アフリカとW杯2大会連続出場。
W杯2度出場のレジェンドが、今度は指導者として世界に挑む。俊輔コーチは「また代表に関われるし、W杯は楽しみであり責任が重大。プレッシャーもある」と責任感を口にした。
代表では主に攻撃部分を担う名波コーチのサポートを中心に、全体をカバーする役割を務める。森保一監督(57)がPK戦対策を俊輔コーチに、と示唆していることから「もちろん準備している」と語る。本大会直前のオファーに当初は「何ができて、何を還元できるのか」と葛藤もあったが、森保監督から「力を貸してほしい」と直接思いを伝えられ、「微々たる力でも代表のために何かできれば」と就任を決断した。
現在の日本代表は「基準も、代表の価値も高くなっている」と分析する。欧州5大リーグで戦う選手が当たり前となり、「世界で戦っている選手たちは自信に満ちあふれている」と語った。また、分析担当やトレーナーまで含めたスタッフ間の情報共有の細かさにも驚かされ、「各コーチがチームのために隣の仕事まで意識している」と、その組織力の高さを実感。さらに、スタッフ陣で各選手の所属クラブでのプレーの振り返りといった、自然と生まれる“雑談力”にも強さを感じ「情報がないとダメという状況。ついていけるように頑張らないといけない」と気を引き締めた。
今大会は俊輔コーチにとって縁深い選手がメンバー入りを果たした。08年の明大時代に初めてA代表入りし、日本史上初のW杯5大会連続メンバー入りを果たしたDF長友佑都(39)には、「3年前『5大会行く』と言って、それを本当に現実にしてしまった。すごいというより恐ろしい」と敬意を示した。また、磐田や横浜FCで関わったFW小川航基(28)には「ハードワークを続けてほしい」と期待を寄せた。かつて芸術的な左足FKを武器に、代表の背番号10を背負ってきた俊輔コーチ。今度はベンチから、森保ジャパンの「優勝」を支えていく。
◆中村俊輔コーチに聞く。
―コーチ就任オファーを受けた時の気持ちは。
「気持ちの整理がついていたので、すぐお答えした。コーチに就任していなかったら、大会期間中は解説者として仕事をしたり、世界トップレベルをインプットする時間として現地に出向いていたと思う」
―担当分野は。
「攻撃を中心に全体をカバー。攻撃では名波コーチと対話をする機会が多く、前田コーチ、長谷部コーチとは練習メニューの相談をする」
―W杯とは。
「一番大事な価値があるもの。自分の名前を売りたいという思いはあまりなく、成績を残して次の世代へ基準を上げる、1つでも上に上がる思いだった」
◆中村 俊輔(なかむら・しゅんすけ)1978年6月24日、横浜市生まれ。47歳。桐光学園高から97年に横浜M入団。2000年、日本代表デビュー。同年シドニー五輪出場。02年にレッジーナ移籍。セルティック、エスパニョール(スペイン)を経て10年に横浜M復帰。磐田、横浜FCでもプレー。日本代表通算98試合24得点。06、10年W杯出場。23年より横浜FCコーチを経て、26年4月に日本代表コーチ就任。
◆中村俊輔コーチとW杯
▽02年日韓大会 トルシエ監督の選考基準に合致せず、不選出。
▽06年ドイツ大会 全3戦にフル出場も1次リーグ敗退。第1戦オーストラリア戦ではW杯初得点を決めた。
▽10年南アフリカ大会 直前でレギュラー落ち。チームは16強進出も、自身は1次リーグ第2戦オランダ戦に途中出場のみと、不本意な結果に終わった。

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