横浜(神奈川)の元監督で、歴代5位タイの甲子園通算51勝を挙げた渡辺元智(わたなべ・もとのり)さんが17日、死去した。81歳だった。
アマチュア球界を代表する名将・渡辺さんが、天国へと旅立った。全国でも屈指の人気を誇る横浜の監督として一時代を築き、歴代5位タイの51勝を積み重ねた。指導者人生50年の節目となった15年夏限りで横浜の監督を勇退。終身名誉監督、総監督としてチームを支えたが、16年夏をもって終身名誉監督の座を勇退した。その後はテレビやラジオでの高校野球解説を行いながら、同校グラウンドには節目で足を運び横浜ナインを激励。今夏の神奈川大会でも横浜スタジアムに姿を見せていた。
渡辺さんは、横浜高では外野手。神奈川大2年時に肩の故障で中退すると1965年に20歳で母校のコーチとなり、68年から監督を務めた。後年「日本一長い練習をやればいい―という理念でした」と明かした厳しい指導でナインをたくましく育て上げ、73年センバツで初出場初優勝。
精神的なストレスから胃潰瘍などの体調不良に悩まされた時期もあったが、小倉清一郎コーチとのコンビで黄金時代を築いた。怪物・松坂らを擁した98年には春夏連覇と国体も制して公式戦44連勝と無敵を誇った。04年には脳梗塞(こうそく)で倒れたが、06年にはセンバツを制覇。史上初めて70、80、90、00年と4つの年代で甲子園優勝を遂げた。聖地では春3度、夏2度の頂点に立った。
「目標がその日その日を支配する」「人生の勝利者たれ」などの言葉で人間教育にも力を入れ、多くの教え子をプロ野球の世界に送り出した。松坂やDeNA・筒香は大リーグでもプレーし、現在のNPBでも中日・涌井、ソフトバンク・近藤ら第一線で活躍する一流選手を多く育てた。「目標が―」は松坂が座右の銘とするなど、人生観にも大きな影響を与えた。
渡辺さんの教え子である村田浩明監督(40)が指揮する横浜は、18日に甲子園で花巻東との準々決勝に臨む。くしくも、8月17日は95年夏に急逝した伝説のエース・丹波慎也さん(享年17)の命日でもあった。卓越した手腕で野球界の発展に尽くした名将が、この世を去った。
◆横浜・渡辺元智監督の主な記録
▼4ディケード優勝 渡辺監督は、歴代5位タイの甲子園通算51勝。優勝回数5度は大阪桐蔭・西谷浩一監督9度、元PL学園・中村順司監督6度に次ぐ歴代3位だが、優勝した年代(10年代=ディケード)を出すと
70年代=73年春 1度
80年代=80年夏 1度
90年代=98年春夏 2度
00年代=06年春 1度
木製バットから金属バットへの移行など野球のスタイル、そして選手の気質の変化に対応しながら、異なる4つの年代でV。「4ディケード優勝」は渡辺監督だけだ。
▼公式戦44連勝(同一チーム) 平成の怪物・松坂大輔を擁し、97年秋の新チーム結成から、翌98年の神奈川国体決勝まで公式戦無敗の44連勝。97年秋の明治神宮野球大会、98年春夏の甲子園、同年秋の神奈川国体。初の同一チーム年間4大大会制覇を達成した。
◆渡辺 元智(わたなべ・もとのり)1944年11月3日、神奈川・足柄上郡松田町生まれ。横浜高では外野手。神奈川大2年時に肩の故障で中退。65年に横浜のコーチとなり、68年から監督。関東学院大で社会科の教員免許を取得。監督として甲子園に春15度、夏12度導き、通算51勝を挙げ、15年夏限りで勇退。










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