オリックスの平野佳寿投手(42)が、25日のソフトバンク戦(京セラドーム大阪)で引退セレモニーを行った。平野は京産大時代にプロの注目を集めた。
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■高校2年時に偶然の出会い
初めて平野を見たのは2000年、高校2年の秋でした。実は、エースだった左投手を見に行く目的だったのですが、偶然ブルペンで投げていたのが平野でした。背番号も10番だったか、11番だったか。「あの投手の名前、分かりますか?」と聞くと、平野だったという。懐かしいですね。
体のしなやかさがあり、すごくいい投手だなと。キラキラと光っていました。
すごい素材だということは、分かっていました。できる限り大きく育てようというところで、1年生だった彼に伝えました。「春はベンチに入れないよ」と。その間に伸ばしたかったのは直球です。確か、8月の20日ぐらいまででしょうか。投球練習でも、直球しか投げさせませんでした。
驚いたのは5月の新人戦です。直球だけで完投しましたから。変化球を解禁したのは8月。
■一度だけ叱った後の変化
その2年生の春、一度だけ平野を叱りました。大商大戦だったと記憶しています。思うような球を投げられず、マウンド上で投球動作をしたのです。みんなの前で厳しく言いました。「自分の基準は何や? チーム全体を見ないとアカン」と。一人で野球をしてはいけないですから。
2年の秋から球がグッと変わりました。糸を引くように、捕手のミットへ吸い込まれていくイメージでした。これはもう、プロやなと確信しました。私からは「センターのポールを見て、真っすぐ立ちなさい」と助言したぐらいです。自分の軸が分かるわけです。
センターのポールを見て、屈伸をします。そこから股割り、肩入れと、やることが増えていきました。今でも投球前にやっていますが、3年生から続けている独自のルーチンです。自分が必要だと思い、信じたものは丁寧にやり続ける。そんな平野を熱心に見てくださったのが、オリックスの酒井勉スカウトです。ある時なんて、ブルペンで捕手と同じ高さで構えておられました。「足、大変ですよ」とこちらが心配になるぐらい…。希望入団枠でお世話になるわけですが、相当な感謝があったはずです。
メジャーで活躍する姿も楽しみでした。
平野は節目節目で、必ず連絡をくれます。今回の引退もそうでした。寂しさはあります。来るべき時が来てしまったな…というのが正直な気持ちです。京産大で出会い、最初に「自分の体を知りなさい」と伝えました。
◆勝村 法彦(かつむら・のりひこ)1956年11月19日、京都・宇治市生まれ。69歳。京都・平安(現龍谷大平安)では3年時の74年夏に甲子園出場。京産大を経て、社会人・丸勝でプレー。88年から同部の監督を務め、2000年から京産大のコーチ、01年から21年秋まで監督。関西六大学ではリーグ優勝9度、全国出場は5度。教え子は平野に加え、光原逸裕(元オリックス)、北山亘基(日本ハム)ら。










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