今、若者たちの間で「アナログ商品」への回帰が急速に進んでいます。レコードやカセットテープ、フィルムカメラ、さらには編み物まで。
そのキーワードは「メンパ(メンタルパフォーマンス)」です。SNSのアルゴリズムに時間を奪われ、AIの台頭に不安を感じる現代人にとって、アナログ体験は単なる懐古趣味ではなく、自分自身の主導権を取り戻すための合理的な選択となっています。
今回は、リサーチャーであり、TBSポッドキャスト『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』のパーソナリティを務めるcomugiさんに、アナログ回帰の裏側にある「メンパ時代の3つの新基準」について伺いました。
レコードからカセットまで、若者が熱狂するアナログ体験の最前線
comugi:若者の間で進んでいる「アナログ化」の現状と、その背景にある心理を分析していきたいと思います。
野村:アナログ商品は今、そんなに流行っているのですか。
comugi:非常に勢いがあります。象徴的なのは、アナログの代表格である「レコード」です。先日、ソニーが7年ぶりにレコードプレーヤーの新商品を投入するというニュースがありました。一方で、ソニーはブルーレイディスクの出荷を終了するという発表もしています。この「レコードを再始動させ、ブルーレイを止める」という動きは、今の時代の流れを非常によく表している対比的な出来事です。
野村:デジタルメディアの象徴だったブルーレイが幕を閉じ、より古いレコードが生き残るというのは、面白い現象ですね。
comugi:また、若者の間ではレコードを聴けるカフェがブームになっています。
そして今年3月には東京・渋谷に、カセットテープをあえて聴くカフェ「カセット」がオープンしました。10代の若者へのインタビューによると、カセットをガチャンと機械にはめ込む「メカ感」がオシャレで新鮮なのだそうです。
野村:私たちの世代からすると懐かしいものですが、スマホをタップするだけで音楽が流れる環境で育った世代には、あの物理的な動作そのものが「エモい」体験になるわけですね。
comugi:おっしゃる通りです。A面からB面へひっくり返す手間や、くるくる回るテープの目に見える動き。そうしたプロセスそのものに価値が見出されています。
腕時計から編み物まで、「手触り」と「お揃い感」を求める消費行動
野村:音楽以外の分野でもアナログ化は進んでいるのでしょうか。
comugi:腕時計の世界でも面白い変化が起きています。今、機械式腕時計がブームですが、利用者からは「自分が手をかけないと止まってしまう相棒感がある」という声が聞かれます。また、デジタル時計であっても、3,000円程度の安価なカシオ製品、通称「チープカシオ(チプカシ)」がレトロブームの火付け役となっています。
野村:実は私も、日常生活でチプカシを使っているんです。Apple Watchほど気を使わずに済みますし、水に濡れても平気なので、非常に使い勝手が良いんですよね。
comugi:Apple Watchのようなウェアラブルデバイスだと、他人と同じものを付けていても「お揃い」という感覚にはなりにくいですが、アナログな時計やチプカシだと「あ、お揃いだね」という会話が生まれます。この「お揃い感」は今の若者にとって大きな価値になっていて、あえて同じものを身に付けることで得られる一体感を楽しんでいるのです。
野村:他にはどのような事例がありますか。
comugi:さらに今「編み物」が爆発的に流行っています。新宿にある手芸の聖地「オカダヤ本店」では、毛糸の売上が2023年比で6倍、前年比でも2倍という「毛糸バブル」状態です。
野村:新宿という若者の街で毛糸がそれほど売れているとは。
comugi:自分の手で一目一目編んでいくという行為が、デジタルにはない「没入感」を与えてくれるのでしょう。日本の毛糸は品質が高いため、これもインバウンドの裏トレンドになっていて、海外からも多くの人が買いに来ています。他にも「ぬい活(ぬいぐるみを主役にした活動)」や、市場規模がここ数年で数倍に成長しているアナログの「ボードゲーム」など、枚挙にいとまがありません。
世界に広がるデジタルからの脱却。アメリカでは「固定電話」が再注目?
野村:このアナログ回帰は、日本特有の現象なのでしょうか。
comugi:いえ、グローバルな動きです。例えば、アメリカでも「身体感覚を伴う遊び」として麻雀が密かなブームになっています。
画面の中ではなく、リアルに牌を触り、対面で人と楽しむ感覚が新鮮に映っているようです。さらに興味深いのが、ウォール・ストリート・ジャーナルが報じた「子供に固定電話を与える親が増えている」というニュースです。
野村:令和の時代に、あの物理的な固定電話を子供に持たせるのですか。
comugi:はい。シアトルのスタートアップ「Tink」などが提供しているサービスですが、Wi-Fiに繋ぐ物理デバイスで、通話だけができるというものです。スマホを持たせるとSNSの依存やいじめのリスクが怖いけれど、友達とお喋りはさせたいという親の需要に応えています。SNSに繋がらない「物理的な安心感」を求めているのです。
野村:SNSの年齢制限などが世界中で議論されていますが、物理的に遮断してしまうというのは、ある意味で非常に合理的な解決策かもしれませんね。
背景にある「SNS不信」と「AIへの不安感」
野村:なぜ、ここまで極端なアナログへの揺り戻しが起きているのでしょうか。
comugi:大きな要因は2つあると考えています。
野村:デジタル空間が、安らげる場所ではなくなってきているわけですね。
comugi:2つ目は「AIの台頭」です。AIによって仕事が奪われるのではないかという漠然とした不安や、AIによる採用選考などの効率化によって「自分自身を記号として処理される」ことへの虚しさを、今の若者は敏感に感じ取っています。
若者は時代の変化に最も敏感な「炭坑のカナリア」です。彼らがアナログへ逃げ場を求めているのは、デジタル空間における「メンパの悪化(認知コストの増大)」から身を守ろうとしているサインだと言えるでしょう。
メンパ時代のアナログ商品の3つの新基準
comugi:どのようなアナログ体験が「メンパが良い(メンタルパフォーマンスを高める)」とされるのか。ビジネスにも応用できるポイントを3点にまとめました。
1つ目は、「終わりがある」こと。SNSや動画配信サイトには終わりがなく、アルゴリズムによって次から次へとコンテンツが流れてきます。
2つ目は、「自分の意志がそこにある」こと。デジタルプラットフォームでは、次に何を見るかをAIが決めてくれますが、それは受動的な行為です。対して、数あるレコードの中から1枚を選び、針を落とすという行為には、明確な能動性があります。「自分で選んだ、自分でやった」という主体性が、体験の質を劇的に高めます。
3つ目は、「本物の手触り感」です。生成AIによって、画像も文章も音声も、何が真実か分からなくなっている現在、物理的な「モノ」としての存在感は、それだけで信頼の証になります。紙の手触りや、実際にそこに存在する感覚。この「オーセンティシティ(本物性)」を確認したいという欲求が、デジタルネイティブ世代ほど強くなっています。
主導権を自分に取り戻すための選択
野村:話を伺って、アナログ回帰とは「主導権を自分に取り戻すための戦い」なのだと感じました。アルゴリズムに奪われた時間を、リアルな身体性を伴う体験によって奪還しようとしているのですね。
comugi:その通りです。これら3つのポイントは、意思決定コストを下げ、ポジティブな感情を生み、偽物を疑う認知コストを削減するという意味で、非常に「メンパ」に寄与します。
野村:2026年現在、デジタルが極まったからこそ、あえてアナログを取り入れることが非常に合理的で洗練された選択肢になっている。これは、これからのブランド構築やプロダクト開発において、非常に重要なヒントになりますね。
comugi:デジタルが重要なのは変わりませんが、そこにいかにアナログな「身体性」や「有限性」を組み込めるか. それが、これからのビジネスの勝敗を分ける鍵になるかもしれません。
<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。
(TBSラジオ『東京ビジネスハブ』より抜粋)

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