海上自衛隊が「南極観測船」から撤退へ

 日本の南極観測が大きな転換点を迎えます。文部科学省と防衛省は、南極観測船として使用されている砕氷艦「しらせ」(満載排水量:2万2000トン)と観測支援ヘリコプター「CH-101」の退役時期が迫っていることから、後継船などの具体的な対応に着手する2027年度概算要求までに、新たな南極への輸送体制の構築に向けた検討を進めています。

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海上自衛隊は、南極観測船とヘリコプターの運用から撤退する意向を示しており、「しらせ」の後継船はJAMSTEC(海洋研究開発機構)に、ヘリはNIPR(国立極地研究所)に、それぞれ運用主体が移されます。

 日本は長年にわたって昭和基地を拠点に、南極でのさまざまな観測事業を行っています。これら継続した観測事業を支えるために、観測隊員や研究に必要な観測機材をはじめ、昭和基地や雪上車などの運用に欠かせない燃料、建築資材、食糧といった各種物資を運ぶのが南極観測船の役割であり、現行「しらせ」は1000トンを超える物資を一度に運ぶことが可能です。

 大型ヘリであるCH-101の力も大きく、昭和基地ヘリポートでの荷役を効率化するため、機内搭載を前提にスチールコンテナやドラム缶パレットなどによる輸送システムを構築してきました。

 しかし、日本の南極観測を象徴する存在として親しまれてきた「しらせ」は、2034年5月に運用期限を迎え、CH-101も2032~2033年シーズンをもって運用を終了するため、船舶とヘリの両方の後継を検討する必要があります。ただ、近年の少子化に伴う深刻な自衛官不足や、日本周辺海域における警戒監視任務の増大といった背景から、海自による現行の輸送体制を維持することが極めて困難な状況です。このため南極観測の輸送体制について抜本的な見直しが避けられない状況となりました。

新体制への移行と、ヘリコプター「小型化」の壁

 まず「しらせ」後継船に関しては、地球深部探査船「ちきゅう」や海底広域研究船「かいめい」などを運用するJAMSTECが保有することになります。JAMSTECは2026年11月から、砕氷機能を持つ北極域研究船「みらいII」(1万3000総トン)の運用を始める予定で、今後は分厚い氷が張った氷海域での航行ノウハウを積み重ねていくことになります。

自衛隊が「南極観測」から撤退へ!「しらせ」「専用ヘリ」共に退役で極地輸送は大丈夫? 新体制への課題とは
JMU横浜事業所磯子工場で建造中の北極域研究船「みらいII」(2025年3月20日、深水千翔撮影)

 運航主体の変更による急激なリスクを回避するため、海上自衛隊は完全な撤退ではなく、新体制へのシームレスな移行を支援します。具体的には、氷海航行の経験と高度な知見を有する自衛隊員を後継船に一定期間同乗させるほか、昭和基地周辺での荷役作業のために約30人の自衛隊員を継続して派遣する予定です。さらに、建造に関する技術知見の提供や、横須賀基地内の岸壁手配といったロジスティクス面での協力も行う方針が示されています 。

 もう1つの課題は、NIPRが運用主体となるヘリの運用です。現在用いられているCH-101は、厳しい極地環境でも余裕のあるペイロード(積載量)を活かした優れた空輸能力を提供してきました。しかし、製造会社によるCH-101現行モデルの部品サポートは、2032年度末頃に終了する見込みとなっており、後継船が就役する2034年よりも前に維持が困難になる可能性があります。

 また、CH-101の運用維持に必要な部品は、主にイギリスやEU(欧州連合)を中心とする外国メーカーからの輸入に依存しています。昨今の急激な物価高騰や円安の影響などによる著しいコスト上昇が直撃しており、維持費用が跳ね上がっているのが現状です。

 加えて機体の使用年数が重なるにつれ、腐食や不具合箇所が増え、定期修理の工期が長期化しています。工期遅延によって急きょ「しらせ」に搭載し南極へ持っていく機数を2機から1機へ減らさざるを得ない事態も発生しており、安定的な運用ができなくなりつつあります。

求められる「輸送部門の強化」と新造船の行方

 CH-101を運用できていたのは海上自衛隊の力があったからこそで、NIPRへの移管後、同組織が近似するサイズの大型ヘリコプターを維持していくことは困難でしょう。こうした点から後継機としてスバル製「ベル412EPX」のような中型機や、エアバス・ヘリコプターズ製AS350B3「エキュレイユ」のような小型機が選択肢として提案されています。

自衛隊が「南極観測」から撤退へ!「しらせ」「専用ヘリ」共に退役で極地輸送は大丈夫? 新体制への課題とは
「しらせ」の艦載ヘリコプターとして運用されているCH-101。南極での運用を考慮して極寒冷地対応の改造が施されている(深水千翔撮影)

 しかし、機体の小型化はそのまま空輸輸送力の低下を意味します。CH-101が約3000kgの機内搭載能力を持っていたのに対し、想定される中型機のベル412EPXでは機体の下に荷物を吊り下げる「スリング方式」による約800kgの輸送が限界です。

 NIPRの試算によると、接岸が順調な通常時であっても、中型機を用いた空輸では、従来と同量の物資を運ぶために約2倍の輸送日数が必要になると見込まれています 。

輸送日数が倍増することは、限られた夏の短い期間における他の観測活動の時間を奪うことにつながり、観測計画全体に甚大な影響を及ぼしかねません。

 このため、今後はドラム缶やスチールコンテナといった重量物資をヘリコプター空輸から氷上輸送へと振り替えるなど、大幅な運航計画の見直しが求められます。加えて機内搭載からスリング方式への変更に伴い、船倉での積み付けやヘリポートでの荷役システム全体を再構築する必要があり、観測隊における「輸送部門の強化」が急務の課題として突きつけられています。

 昭和基地への物資輸送が、気象や機材トラブルなどで1年でも途切れてしまえば、越冬隊の安全確保や長年蓄積してきた観測データの継続性が崩壊してしまいます。最悪の事態を想定し、基地側における備蓄体制の強化や燃料タンクの増設といった先を見越したインフラ整備を、今から進めておく必要があるかもしれません。

 これまでは食品や消耗品、燃料の調達から荷役作業、訓練など南極観測船に関するオペレーションを海上自衛隊が一手に引き受けていましたが、新しい輸送体制では船の運航者と観測隊の間で役割分担を整理することが必須でしょう。

新型砕氷船の運航は民間委託へ 準備は待ったなしの段階

 また、不測の事態における救難体制の責任区分を明確にするという点でも重要なことです。たとえば船内で使用するフォークリフトに関して、船の設備として用意するかという点についても、検討していく課題として上げられています。

自衛隊が「南極観測」から撤退へ!「しらせ」「専用ヘリ」共に退役で極地輸送は大丈夫? 新体制への課題とは
海上自衛隊が初めて運用した砕氷艦「ふじ」。名古屋港ガーデンふ頭に保存展示されている(深水千翔撮影)

 特に、民間チャーターヘリを毎年入札によって確保する場合、運航会社が固定されず、毎年異なるノウハウでの連携を強いられる可能性もあり、現場の安全管理には極めて緻密なガバナンスが求められるでしょう。

 新造船は現時点で具体的なスペックは出ていませんが、昭和基地への接岸を前提としていることから、「しらせ」と同じ国際船級協会連合(IACS)の極地氷海船階級(ポーラークラス)2相当の砕氷能力を持つことが想定されます。船体サイズについても海上自衛隊員30人と観測隊員80人が乗船したうえで物資輸送も担うため、既存船とほぼ同じ規模になるとみられます。

 船の運航は他の研究船と同様にJAMSTECが直接行うのではなく、民間の船会社が手掛けることになります。

そのためJAMSTECは建造事業者と共に、早めに運航予定者を決め、「しらせ」に乗船させて氷海でのラミング航行を経験させることを求めています。

実際、北極域研究船「みらいII」は大手船社の商船三井が、建造監理から艤装員派遣、運航支援、観測支援まで幅広い業務を行っています。

 こうしたことを鑑みると、じつは「しらせ」とCH-101の後継準備にはあまり時間がありません。南極観測は1956(昭和31)年から継続的に行われている国の事業です。海上保安庁が初代の南極観測船「宗谷」でサポートし始めてからすでに70年。連綿と行われてきた歴史ある国家事業を将来も継続して実施するために、皆で知恵とお金を出し合うことが求められています。

【注目ポイント!】これが「しらせ」の艦内です(写真で見る)

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