夏の地方大会で敗退した高校3年生たちをそのまま引退させるのではなく、もっとプレーする機会をつくりたいと、昨夏、北海道で始まったリーグ戦が『リーガサマーキャンプ』だ。

 海のものとも山のものともわからない第1回には、全国から52人の高校3年生が26万9500円の参加費を払ってエントリー。

12日間のリーグ戦でアピールしてドラフト指名された石田充冴(北星学園大附属高→巨人4位)、渋谷純希(帯広農→日本ハム育成2位)の両投手や、日本体育大学付属高等支援学校で陸上部に所属した工藤琉人(KAMIKAWA・士別サムライブレイズ)は夢の独立リーグ入団を実現させた。

 ほかにも、強豪大学への進学を控える選手や、普段はアメリカのIMGアカデミーに通う投手、高校時代に出場機会をほぼ与えられず消化不良だった者など、多様な背景を持つ高校3年生たちが同じ舞台に立ち、栗山町民球場でのリーグ戦、そしてエスコンフィールドでのファイナルで野球を存分に堪能した。

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【価値観を変えたドミニカでの体験】

「去年の開催前にリーガの存在を知り、追々こういう野球が流行っていくのではと思いました」

 そう語ったのは元中日の投手で、現在は侍ジャパンの投手コーチやトヨタ自動車のテクニカルアドバイザーを務める吉見一起氏だ。今年8月2~11日に開催される第2回リーガサマーキャンプでは、指導者として3日間携わるという。

「10人いれば、土地柄も含めて10人それぞれの色があるだろうし、知らない考え方を知れるので、僕自身にもチャンスだなと。みんなとコミュニケーションをとって、お互いがウィンウィンの時間になればいいと思います」

 2005年希望入団枠でトヨタ自動車から中日に入団した吉見氏は1、2年目をおもに二軍で過ごしたあと、飛躍のきっかけとなったひとつが2007年11~12月に参戦したドミニカ共和国でのウインターリーグだった。

 日米がオフシーズンの冬、ウインターリーグは中南米各国などで開催される。そのなかでドミニカのリーグは最高峰だ。同国のメジャーリーガーが地元のファンの前で勇姿を見せようと参戦することに加え、プレー機会や契約締結を見据えたアメリカ人やラティーノなどが参加する。

 吉見氏は23歳だった2007年にプレーし、マインドセットに大きな影響を受けたと振り返る。

「一番の発見は、『日本人と外国人は、こんなに考え方が違うんだ』ということです。日本人には慎重な人が多いし、それは大事なことだと思いますけど、人生を楽しくするためにはもっと大胆に生きていいんじゃないかなと。大きな失敗をするかもしれないですけど、僕は人生、楽しんだ者勝ちだと思うので。

ひとつのことにクヨクヨしている時間はもったいない。そういう考えをドミニカで得られました」

 吉見氏が所属したエストレージャス・オリエンタレスでは、試合前に打撃練習をしている選手の横でサッカーをしている者たちもいた。「試合に向けて、そんなに神経質になる必要はないんだな」と心の整え方を学んだ。

 ところが一転、プレーボールがかかるとスイッチが入り、ラテンの選手たちは闘争心をむき出しにする。特にウインターリーグ前半は若手や経験の浅い選手も多く、何としても自分をアピールして契約につなげようという、自己中心的な姿勢も少なからず見られた。

【衝撃を受けた"人のせいにする"発想】

 吉見氏にとって最も衝撃的だったのは、ある試合でエストレージャスの先発投手が初回途中にKOされた直後のことだ。マウンドを降りた投手は、監督と激しく口論をしていた。

「あの球審がストライクをとらないから、俺は打たれたんだ!」

 通訳に聞いた言葉は、吉見氏にとって思いもよらないものだった。

「そんな考え方、自分にはなかったものでした。人のせいにするのはダメだと思うけど、そうやってうまくストレスを溜め込まないことは大事だなと。すばらしい考え方だなと思ってしまったんです」

 日本人では、まずあり得ない考え方だろう。ドミニカだからこそ出合えた発想法は、吉見氏にとって大きなヒントになった。

「僕自身はすごく神経質なんです。

それがいいなと思う時もあるけど、しんどいなと思う時もあって。野球では『切り替えが大事』と言われますよね。すぐに次の勝負が来るので、その時に『やり返してやろう』と臨むのか、『また同じ失敗を繰り返したらどうしよう』と思うのでは、結果が全然違います」

 打たれた直後、次のバッターを迎えるまでに頭を切り替えて、後続を打ち取れるかが投手には重要になる。

 ただし、失敗をうやむやにするわけではない。

「何がよくて、何がダメだったかという振り返りをしっかりする。それは大事なことだと思います」

 ドミニカから帰国して迎えた2008年シーズン。吉見氏は入団3年目で初の開幕一軍入りを果たすと、10勝3敗の好成績を残した。

 そして翌年、16勝7敗で最多勝を獲得する。年間4完封&無四球3試合はリーグ最高の数字だった。

 2011年には最多勝(18勝3敗)、最優秀防御率(1.65)、最高勝率(.857)と投手三冠に輝くが、高いパフォーマンスの裏には日常の変化があったと振り返る。

「『思考が変われば行動が変わる』とか、『口ぐせを変えると、人生が変わる』と言われるけど、そのとおりだと思います。実際、日々を前向きにすごすことで疲れ方も変わってくるし。

もちろんネガティブなことも考えるけど、そればかり考えていたら心が疲れてしまう。そういう考え方になったのは、普段の過ごし方から変わったからだと思います」

【前向きな思考が野球人生を変えた】

 吉見氏はドミニカで過ごした2カ月がきっかけになり、前向きな考え方を強くすると、野球人生が好転した。キャリア後半は右ヒジの故障に悩まされ、2020年限りで現役生活に終止符を打ったが、指導者になりたいという次の道に踏み出した。

「考え方で未来は変わるんだなと、自分で経験できました。トヨタの選手たちにいつも伝えているのは、『物事をどう捉えるかが大事』だということです。すべてが『まあ、いいや』とするのはダメだと思うけれど、人生一度きりなので、常にある程度前向きにいることはすごく大事だと思います。これから会う高校球児にも伝えていきたいですね」

「思考が変われば行動が変わる」 元中日・吉見一起が語るドミニカでの体験と高校球児に伝えたいこと「大谷翔平くんが究極」
昨年、初めて開催されたリーガサマーキャンプ photo by Nakajima Daisuke
 昨年のリーガサマーキャンプでは、参加した選手たちから「野球ってこんなに楽しいんだ!」という声が多く聞かれた。自分の意思で参加費を払ってエントリーし、それぞれの目的に向かいながら、出会ったばかりの仲間たちとチームの勝利を目指してプレーする。すべてを主体的に組み立てるから、「楽しい」という感情が湧き上がってきたのだろう。

 その気持ちこそ、野球人生を豊かにする上で最も大事だと吉見氏も考えている。

「野球を楽しむって、一番できるようでできないことです。勝負事だし、特に職業にすると競争が生まれるので。

でも、どんな状況でも楽しんで野球をする。大谷翔平くんはそう見えますよね。裏ではプレッシャーを感じていると思うけど、僕らに見える大谷くんは楽しんでプレーしている。あれが究極の姿だと思います。緊張するなかでも楽しみが勝てば、一番結果も出るし、終わった時に『ああ、いい野球人生だったな』と感じられると思うので」

 個人参加、リーグ戦など、既存の高校野球とは異なる形式だからこそ、新たな価値や出会いが生まれやすい。そんなリーガサマーキャンプの存在が、まずはひとりでも多くの野球選手、指導者、保護者、関係者、ファンに知られてほしい。

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