サッカー日本代表でキャプテンを務めた井原正巳が、水沼貴史と平畠啓史がサッカーについて語りつくすスポルティーバのYouTubeチャンネルの番組、『水平感覚』に登場。1998年フランスW杯の舞台裏や、若き日の中田英寿との印象的なエピソードを赤裸々に語った。

【伝説になった中田英寿の呼び捨て】

 話題の口火を切ったのは、平畠による素朴な疑問。「中田英寿さんが井原さんのことを"井原"と呼んだという話は、本当ですか?」

井原はあっさりと認めた。

「本当です、最初から。『井原!』って。ピッチ上ではね」

 当時は、年功序列の上下関係がまだ厳しい時代。年上の選手をピッチ上とはいえ、呼び捨てにするのは異例だった。しかし、井原は怒るどころか、むしろその姿勢を冷静に受け入れた。

「彼らの世代はワールドユースの世界大会にも出ているし、(1996年の)アトランタ五輪にも行っている。(それに比べて)僕らはまだワールドカップに行ってないじゃないですか。そういう世界を先に経験している世代が代表に入ってきて、『俺らは世界に行ってきたんだよ』っていうプライドもあったと思うんです」

 パスのトレーニングでも、中田は容赦なかったと井原は語った。

「近い距離なのにバチン、バチンって。『そのパス強すぎだろ』って思っていたんだけど、それは意識の高さの表われだった」と言う。

岡田武史監督の目標への思い】

 話は1998年ワールドカップフランス大会へ――。大会前、岡田武史監督がグループステージの目標を「1勝1分1敗」と発言したことについて、以前、フランス大会に出場した名良橋晃は「決めつけるなよ。

やってみないと分からないでしょ」と当時を振り返っていたが、このエピソードについて、井原はどう思っていたのか。

「対戦相手のアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカの力を見て、そこから逆算して、1敗、1分、1勝と星勘定を考えた可能性はありますよね。要は決勝トーナメントに進むなら、それくらいの成績は残さないといけないということだったのかもしれない」

 井原はこう理解を示しつつ、「そこまでも考えられないくらい。ワールドカップ大会ってどんな感じなんだろう?」と、何が正解なのかわからない状況だったとも言う。だからこそ、「いつもなら起きないおかしいことが起きたんじゃないか」と振り返った。

【3戦全敗も手ごたえはあった】

 今となっては信じがたいが、当時の日本代表はワールドカップ前の強化試合を国内でしかこなしていなかった。「キャンプに行って、向こうで何試合かやったらもうワールドカップ本番って感じで、本当にその準備でいいのか、疑問はあった」と井原は振り返る。

 メンバー選出についても、「フランスに入ってから3人が落ちないといけないという形で最後のキャンプまで行くのか? という問題もありました」と井原は振り返るが、「それも何が正解かわからない状況だった」と言う。

 初戦のアルゼンチン戦で敗れたものの、井原は「悲観するような内容じゃない」と感じていた。

 つづくクロアチア戦もチャンスを作りながらも敗れ、2連敗でグループステージ敗退が決定。それでも「自分たちのサッカーを世界で表現できたのかな」と手ごたえはあったと語り、初出場の意義を強調した。

 また、ジャマイカ戦でも負けたことについては「消化試合ではあるけど、ワールドカップで勝ち点を取るのと取らないのでは、まったく違う」と悔しさをにじませた。

「(当時のジャマイカ代表の選手は)半分以上がプレミアリーグ(など欧州リーグ)でやっていたので、局面のうまさや強さはあった」と相手の質の高さも認めた。

編集部おすすめ