南アフリカで行われたワールドカップから16年。カメルーン、オランダ、デンマークと対戦した日本代表は、2勝1敗で見事にグループステージを突破。
それから16年が経過し、この大会に出場した選手で現役を続けているのはわずか53名。その中で、日本代表が含まれるグループEを戦った6名を特集する。
長友佑都
代表:日本
当時の所属クラブ:FC東京
現在の所属クラブ:FC東京
当時23歳だった長友佑都。明治大学を中退してFC東京とプロ契約を結び、Jリーグでもすぐにその圧倒的なスタミナと加速を見せつけ、日本代表に定着。2008年5月の初招集からすぐに岡田武史監督の信頼を受け、この南アフリカ大会では全試合にフル出場している。
この大会後にヨーロッパに渡り、チェゼーナ、インテル、ガラタサライ、マルセイユでプレーしたあと、
2021年に再びFC東京へと移籍。Jリーグで衰えぬ実力を見せつけ、2024年にはなんと日本代表へと復帰。ピッチ外での振る舞いも含め、現在も日本サッカー界に大きな貢献を続けている。
川島永嗣
代表:日本
当時の所属クラブ:川崎フロンターレ
現在の所属クラブ:ジュビロ磐田
ワールドカップ3大会でレギュラーを務めた日本代表唯一のゴールキーパー。その川島永嗣が初めて守護神を任されたのが、この南アフリカ大会だった。
岡田武史監督が大会前に守備的な戦術への変更を行い、楢崎正剛に代わって急遽ゴールマウスを任された。グループステージではオランダ戦とデンマーク戦でそれぞれ1失点したのみで、数々のスーパーセーブでチームを救っている。
この大会後にヨーロッパへと渡り、リールセ、スタンダール・リエージュ、ダンディー・ユナイテッド、メス、ストラスブールでプレー。
本田圭佑
(C)Getty Images
代表:日本
当時の所属クラブ:CSKAモスクワ
現在の所属クラブ:FCジュロン
この南アフリカ大会で爆発的に知名度を高めた選手の一人。開幕前の守備的な戦術への変更により、急遽センターフォワードの役割を任されるという難しい状況ながら、初戦のカメルーン戦で見事なゴールを決めて勝利に導き、さらにデンマーク戦でも素晴らしいフリーキックで名手セーレンセンの牙城を崩し、2回のマン・オブ・ザ・マッチに輝いている。
2021年にリトアニアのFKスードゥヴァでプレーしてからは実業家としての活動が主になっているが、2024年にはブータンリーグのパロFCで、そして今年からはシンガポールリーグのFCジュロンで選手登録されている。
エリック・マキシム・シュポ=モティング
代表:カメルーン
当時の所属クラブ:ニュルンベルク
現在の所属クラブ:ニューヨーク・レッドブルズ
シャルケ04時代は内田篤人とともにプレーしたことで知られるシュポ=モティング。生まれの地であるドイツのユース代表でプレーしていたが、この2010年大会に向けてカメルーンのフル代表に招集された。
当時はハンブルガーSVからニュルンベルクへとローン移籍している状況で、後半戦でレギュラーを獲得したばかりだった。あまり実績はない立場であったが、大会の初戦となった日本代表との試合で先発出場を果たす。当時のカメルーン代表はポール・ル・グエン監督と選手の間に確執があったとされており、驚きのメンバー選考として受け止められていた。
ワールドカップでは活躍できなかったものの、その後ベテランとなってからパリ・サンジェルマンやバイエルン・ミュンヘンでプレーするなど再ブレイク。2024年に退団してからは半年間フリーエージェントになっていたが、その後アメリカのニューヨーク・レッドブルズに加入。30代後半という年齢ながらエースとして見事な活躍を見せ、初年度から17ゴールを記録した。
ヴァンサン・アブバカル
代表:カメルーン
当時の所属クラブ:ヴァランシエンヌ
現在の所属クラブ:ネフチ・バクー
2010年5月に国内のコトン・スポールからフランスのヴァランシエンヌに移籍したアブバカル。まだ18歳という年齢で、カメルーン代表でプレーしたこともなかったが、ポール・ル・グエン監督に見初められて招集された。
この大会ではオランダ戦とデンマーク戦での途中出場のみであったが、その後中心的なストライカーとして定着。
クラブレベルではヴァランシエンヌ、ロリアン、ポルト、ベシクタシュ、アル・ナスル、ハタイスポルなど様々な国でプレーし、卓越した得点力を見せつけた。34歳になった現在はアゼルバイジャンの名門ネフチ・バクーのエースとして活躍。
クリスティアン・エリクセン
代表:デンマーク
当時の所属クラブ:アヤックス
現在の所属クラブ:ヴォルフスブルク
ヴォルフスブルクで塩貝健人のチームメイトとなっているデンマーク代表の名プレーメーカー。2010年大会当時はまだ18歳であったが、すでにアヤックスでは2シーズン近くレギュラーとしてプレーしており、世界的にも知名度が高かった。
2010年2月に初めてデンマーク代表として招集され、最年少デビューを飾る。モアテン・オルセン監督からの信頼も獲得し、このワールドカップでも「大会で最も若い選手」として大きな話題を集めていた。ただ、オランダ戦と日本戦の2試合に途中出場したのみで、インパクトは残せなかった。
2021年に行われたEURO2020では、フィンランド戦の途中に心臓発作を起こして昏倒し、一時は命の危機を迎えた。しかしチームメイトの迅速な助けや医師の治療により回復し、2022年には代表に復帰。現在に至るまで活躍を続け、代表キャップは149を数え、歴代最多記録を更新している。
※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。
筆者:石井彰(編集部)

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