【特集】現役引退から20年
先駆者・中田英寿の記憶(2)
北中米ワールドカップの開幕が迫るなか、日本サッカーの歩みを振り返るうえで、ひとりの存在を抜きに語ることはできない。世界を舞台に闘い、日本代表の価値観を塗り替えた先駆者──中田英寿。
第2回は、ライター戸塚啓氏が中田英寿からかけられた労いの言葉を思い出し、イタリア取材で代理人やチームメイトから耳にした「ヒデの素顔」に触れる。
※ ※ ※ ※ ※
現役時代の中田英寿は、取材の機会が非常に限られていた。日本代表の活動期間は、要所でしか口を開かなかった。その代わりではないが、彼は自分の声を届ける場所を作った。オフィシャルサイトを開設して、定期的に情報を発信していったのだ。
サイトに連動したCS放送の番組もスタートした。
その番組に関わったことがある。ドイツワールドカップのメンバー発表直後に、カズこと三浦知良との対談が行なわれ、その司会を務めることになったのだ。
テレビの公開収録のようなもので、200人以上の関係者が集まっていたと思う。その場にいる人たちのお目当ては、もちろん中田であり、カズである。
この対談は雑誌の巻頭ページを飾ることになっていて、「これは聞いてほしい」という質問をいくつか託されていた。台本も用意されているから、質問に詰まることはない。
自分のことを気にかける人がいないとわかっていても、僕は緊張していた。ガチガチという音が、自分でも聞こえるぐらいに。
スポットライトを浴びるふたりが、僕を助けてくれた。取材を通じて面識のあったカズは、これからワールドカップに挑む中田を立てながら、硬軟自在のコメントで会話を運んでくれた。ヨーロッパでプレーしている中田も、「ゆっくり話すのは久しぶり」というカズとの時間を楽しんでいるようだった。お気に入りのカフェで寛いでいるかのような空気感が、その場に漂っていた。
収録が終わり、雑誌用の撮影を済ませて、解散となった。中田は「長時間、お疲れさまでした。おかげさまで、カズさんと楽しい話ができました」と、労いの言葉をかけてくれた。
【彼は決して人の批判をしなかった】
「彼が今まで築いてきたものとか、性格的なものとか、日本での報道のされ方などを考えると、すごく閉鎖的な人間というイメージが強いのではないでしょうか。実際はそんなことはなくて、本当の彼はすごく人懐っこい。私の子どもたちとも、すごく仲がいいのです」
ジョバンニ・ブランキーニは、そう言ってエスプレッソのカップを口に運んだ。ドイツワールドカップ後の2006年9月に、ミラノ・カドルナ駅近くのカフェで彼と会った。中田やロナウド、リバウド、ルイ・コスタやカフーらのワールドクラスを顧客としたこの大物代理人は、とても紳士的な対応で僕と通訳を迎えてくれた。
「彼は所属したどのチームでも、関係者やファンに愛されていました。なぜなら、わがままを言うことはないし、ルールをきちんと守るし、練習には一番に姿を見せるからです。そういった姿勢が、周囲から高い評価を受けていました。
ただ、仕事の世界では文句なしにすばらしいのですが、自分の生活と仕事上のつながりを、あまりミックスさせないところがありました」
ブランキーニはそう言って肩をすくめた。「これはもう仕方がない」といった感情を表わしているようだった。
「ヨーロッパでは、仕事もプライベートもすべてをひっくるめて、友だちとして付き合うようなところがあります。そのため、サッカーから離れると自分の時間を大切にする彼の姿勢が、悪いように報道されてしまうこともありました」
ブランキーニはもう一度、肩をすくめた。
「私自身は、彼のプロフェッショナルな姿勢にいつも感銘を受けていました。彼は自分の置かれている立場をきちんと理解していて、決して人の批判をしません。『ジーコはこうすればよかった』といったことは、一度も聞いたことがありません。パルマでなかなか試合に出られなかった時も、監督の(チェーザレ・)プランデッリを否定するような話は一度もしていません」
【笑顔をもっと見たかった】
同じようなことは、同時期にイタリアで取材をしたマーク・ブレッシアーノからも聞いた。この多才なMFは、パルマで中田とチームメイトだった。オーストラリア代表として2006年から3大会連続でワールドカップに出場しており、ドイツ大会の日本戦でも先発に名を連ねた。
「とてもプロフェッショナルな選手だ。すでに勝敗が決したと思われる試合でも、ピッチを去るまで全力でプレーする。練習でも常に力を出しきっていた。彼のそういう姿勢が、僕はとても好きだったよ」
中田が2003-04シーズンの途中にパルマを離れたことで、彼らはチームメイトではなくなった。「でも、試合で対戦すれば話をしたよ。
「中田が引退したのも知っているよ。彼とはワールドカップの前にも後にも話をしたから。ワールドカップの試合後のスタジアムで、『来シーズンはどうするの?』って聞いたら、『正直、どうするかはわからないけど、やめようかなぁとも考えているんだ』って。だから、ホントにそういう決断をしたんだ、と思ったんだ」
ここまで書いてきて、ある記憶の扉が開いた。
2008年8月に、前園真聖のキャリアを辿る書籍を担当した。1996年のアトランタ五輪を掘り下げるために、中田にインタビューを依頼した。
こちらが希望した期日内に、都内で時間をもらうことができた。少しばかりの緊張とともに取材を進めていくと、若き日の彼らが思い浮かぶエピソードを話してくれた。質問が尽きずに約束の時間を過ぎてしまったが、彼は最後まで付き合ってくれた。
練習や試合後に取材をする機会が限られたため、僕自身はその人柄にほとんど触れることができなかった。ただ、彼の周辺から聞こえてくる「中田英寿」という人物は、サッカーに対してきわめて誠実で、人間的な魅力にあふれている。
引退後の彼がかつてのチームメイトや、そのクラブのレジェンドと笑顔で語り合うのを見るたびに、現役時代にそんな表情をもっと見たかったなと思い、プロフェッショナルな姿勢がそれを許さなかったのかな──とも思う。
(1)を読む>>>中田英寿が足を止めずに通り過ぎていくのは当たり前 「群れない」のではなく「高い境地にいた」孤高の人

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