細木数子との「伝説の放送事故」の真相…レイザーラモンHGが謝罪に行った楽屋でかけられた意外な言葉「心の中では泣いてました」
細木数子との「伝説の放送事故」の真相…レイザーラモンHGが謝罪に行った楽屋でかけられた意外な言葉「心の中では泣いてました」

2005年、腰を振りながら「フォー!」と叫ぶ“ハードゲイ”キャラで一世を風靡したレイザーラモンHG氏。その人気絶頂期に出演した細木数子さんの冠番組『ズバリ言うわよ!』で持ちネタを披露した際、細木さんから「気持ち悪い!」「無礼な態度はやめなさい!」と一喝され、スタジオは凍てついた空気に包まれた。

 

そんな「伝説の共演」から21年。当時の裏側をHG氏本人に振り返ってもらうとともに、Netflix『地獄に堕ちるわよ』への出演を自ら逆オファーした理由についても話を聞いた。(前後編の前編)

細木vs HGの“放送事故”は、こうして生まれた

――細木さんとの“伝説の共演”はどのようにして生まれたのでしょうか?

レイザーラモンHG(以下、同) 『ズバリ言うわよ!』に出演したのは、ブレイク真っただ中の2005年でした。収録3日前の打ち合わせで、担当ディレクターから「HGさん! そのキャラクターでガンガンいっちゃってください!」「細木先生、HGさんのこと絶対気に入ると思うんで!」と調子よく言われて、僕は「分かりました!」と、いい雰囲気で打ち合わせを終えたんです。

――実際に、本番当日はどのように現場入りされたんですか?

当時はかなり忙しい時期で、いわゆる“飛び出し”状態でした。別の現場で仕事を終えて、そのままの衣装で収録中の『ズバリ言うわよ!』のスタジオに向かったんです。

――それはかなりハードな入り方でしたね。

収録はすでに始まってて、僕は途中からの参加だったんですが、現場に着くやいなや「HGさん、もうスタジオ入ってください!」って急かされて。そのままスタジオ入ったので、直前まで何が起きているのか、全く分からない状況だったんです。

――HGさんの出演直前には、どんなことが起きてたんですか?

これは後日に聞いた話なんですけど、当日はスペシャル回で複数の芸人が占ってもらうという企画の中で、パペットマペットさんが出演されていて。牛とカエルの人形を使って会話するスタイルに対して、細木さんが「あなたの言葉で話しなさい」と一度キレていたらしくて(笑)。

――そうだったんですか(笑)。

でもパペットマペットさんもあのキャラクターでやってるので、人形を通して話し続けたことで、現場はすでにピリついていた、と。

そんなことは全く知らずに、僕がハイテンションで腰振って「お~け~細木さ~ん!」「占いフォー!」って調子よく飛び出していったんです(笑)。

――すでに“地獄”のような空気の中に、あのテンションで入っていったと…(笑)。

そうなんです。最初は「無礼な態度はやめなさい」「腰を振るのをやめなさい」と言われて。でも僕は「これは番組的なノリなんだな」と受け取っていたんで、「細木さん何言ってるんですか~? やめませんよ~腰振り!」って返したり。「座りなさい」って言われても「座りませんよ~! 腰を振るのをやめたら僕は死ぬんですからね~」と、そのままのテンションで押し通してしまったんです。

――そのやり取りは、どれくらいの時間続いたんですか?

体感では、3時間くらい(笑)。実際には30分くらいだったと思うんですけど。

――かなり長く続いたんですね…(笑)。

だから正直、途中から「あれ?」ってなったんですよ。ずっと同じやり取りが続いていて「全然展開せえへんぞ…」って。しかも細木さんの後ろにいたスタッフさんたちが、慌ててるのが見えて、そこでようやく「あれ? これマジで怒ってるんかな」って思い始めて。

――どのタイミングで細木さんの“ガチギレ”に気づいたんですか?

そんな状況が続く中で、フロアにいたディレクターが「謝ってください」っていうカンペを出したんです。もちろん「僕が細木さんに謝ってください」って意味だったんですけど、僕が言うセリフだと勘違いして、「細木さん、謝ってくださいよ!」って言っちゃったんです。そしたら、「なんで私が謝らなきゃいけないんだよ!」って激昂されて、完全に火に油を注ぐ形になってしまいました。

――もう引き返せない状況だったんですね。

僕もテレビ出たての頃で、テクニックもなければ、立ち回り方も分からない。一個の武器しか持ってない状況だったので、このキャラで押し通すしかなかったんです。もちろん現場は凍りついて、最後は司会者のくりぃむしちゅーさんが「終わり終わり!」って言って“強制終了”になりました。

収録後に謝罪したHG氏に、細木がかけた意外な一言

――細木さんの印象は共演前と後で変わりましたか?

正直、細木さんについてそこまで知らなかったんです。テレビも観たことなかったし、「占い師で辛口な方」ってイメージだったけど、バラエティのノリは分かってくれるだろうという認識があったので、“ガーッ”といってしまった感じですね。

――収録が終わった後はどのような心境でしたか?

「干されるな」って思いました。普通、終わったらひな壇に座ったりするじゃないですか。それもなく、くりぃむしちゅーさんに「HGはこの場にいないほうがいい」って楽屋に放り込まれて。収録終わるまで2時間ほど待ってたんですけど、「これ、やってもうたんやな…」って凹んでました。

――その後、細木さんに謝る機会はあったんでしょうか?

ありました。収録終わってから、担当ディレクターが「謝りに行ってください!」って来て。彼から僕に対しての謝罪はなかったんですけど(笑)。「これがテレビか…」って思いながら、「分かりました」と言って、普通の格好に着替えて“すっぴん状態”で謝りに行ったんですよ。

――それは知らなかったです! ちなみに、細木さんはどんな反応でしたか?

細木先生の楽屋を訪ねて、ディレクターさんと「先ほどは失礼いたしました」って丁寧に謝罪したら、細木先生から一言、「あら、素顔はいい男なんじゃない」って言われました(笑)。

――細木さんとそんなやり取りが…!

楽屋ではキレられることもなく、僕もちょっと胸を撫で下ろしたというのはありましたね。

――そのやり取りは何分ぐらい?

それは1分くらいで終わりました(笑)。

――その後、共演の機会は?

一度もないですね。あれが最初で最後。濃厚な1日でした。

――今でも話題になる「伝説の共演」ですが、ご自身のキャリアに与えた影響は?

あの放送を見た芸人仲間からは「よう頑張った! よう押し切った!」「芸人魂や!」「鉄のハートやな!」って、すごい褒められて…。それで少しは救われた気持ちになりましたけど、正直、心の中では泣いてましたからね(笑)。

ヨン様に絡んで国際問題に発展しかけたことも…

――この“放送事故”はご自身のキャリアの中では、どのような位置づけになりますか?

あの時期は、好き勝手やらせてもらっていたので、いろんな人に怒られてるんですよ。国内では、あの放送事故が一番インパクトが強いんですけど。世界レベルでいうと、当時『冬のソナタ』で大ブレイクしていたヨン様(ぺ・ヨンジュン)に絡んだこともあって、そのときは国際問題に発展しかけました。

――まさかのヨン様! どういった経緯で絡んだんですか?

『爆笑問題のバク天!』という番組の中で、人気絶頂だったヨン様の映画公開記者会見に乱入する、というロケがあったんです。当時は、「HGになんでもやらせろ」みたいな空気があって。約700人の報道陣が集まる会見に僕が入り込んで、「ヨン様、あなたは何様のつもりですか?」と質問しろ、という指令が下りまして…。

――それはさすがにやばいですね…(笑)。

いざ会見が始まって、僕が「セイセイセイ!」って手を挙げるんですけど、無視されるんですよ。それでもめげずに立ち上がって「無視するのは、セイセイでしょ!」ってやってたら、屈強なSPに両肩を押さえられて動けなくされて「シャラップ!」って言われて。

――現場のピリついた空気が想像できます…。

それでも「うるさい!」って振り払って、懲りずに挙手し続けていたら、最終的にはSPに引っ張り出されて。それでもはけながら「ヨン様! あなた何様のつもりなんですか!」って言い放ったんですけど、これがとんでもない問題になりまして…。

――完全にアウトですね(笑)。

TBSのトップも「お前ら何やってんだ!」って激怒して、翌日のスポーツ紙には「微笑みの貴公子ヨン様が苦笑い」と報じられて、日韓関係を揺るがしかねない大騒動に発展しかけました。

細木さんとの“再共演”は「後悔がようやく浄化された気持ち」

――今回、『地獄に堕ちるわよ』の出演をHGさんのほうから「逆オファー」したと伺いましたが、それはどういった心境で?

2年前に細木数子さんの物語がドラマ化すると噂で聞いて、純粋に「本人役で出たい」と思って逆オファーしました。でもNetflix側から「もう撮影も始まっていて、台本もできているので、難しいです」と最初は断られたんです。「まあ仕方ないか」とあきらめていたら、後日「台本書き直しましたので、ぜひ出演してください」と改めて連絡をいただいて。

――それはかなりうれしい展開ですね!

めちゃくちゃうれしかったです。Netflixさんの懐の深さに感動しました。

――実際に出演されてみて、改めて細木さんの存在をどのように感じましたか?

当時の番組が見事に再現されていたので、現場に入った瞬間、あのときの記憶がフラッシュバックして。主演の戸田恵梨香さんも、当時の細木さん同様、オールバックの髪にメッシュが入っていて。それも本数まできっちり合わせて地毛で再現されていたんですよ。完全に憑依したような迫力で、ゾクッとしたのを覚えています。

――今回、“再共演”されたことについては、どのようなお気持ちですか?

当時はバラエティやテレビのことをよく分かっていなくて、一つの武器しかなかったし、それをやり続けるしかない状態だったので。「やっちまったな…」という後悔がずっとあったんですけど、少しは浄化できたかなって思いはあります。

――最後に、細木さんに声をかけるとしたら、どんな言葉を伝えたいですか?

21年前、右も左もわからないまま飛び込んだテレビの世界。たったひとつの武器を持ち全力で細木数子と対峙しました。あなたに怒られたあのキャラクター、まだ全力で続けてます! 地獄にも一緒に連れて行くつもりです!占いフォーーーーーーーーー!!

後編「ハードゲイ誕生のきっかけは『ケンコバ』、奇跡のブレイクから21年、『逃亡期間』を経た50歳“一発屋”の現在地」へつづく

取材・文/木下未希 撮影/村上庄吾

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