演じているのは、藤井隆。最近では大河ドラマ『真田丸』に出演しているほか、本格的な舞台にも度々出ているそうです。コメディアンとして成功した後、シリアスな俳優路線にシフトしているようですが、90年代後半から00年代前半にかけて彼が残した足跡を知る世代としては、何とも惜しむべきところ。
何故なら藤井は、トークよし、仕切ってよし、弄られてよしの3拍子揃った名コメディアンだったからです。そして何よりの強みは、豊富なアイドルへの見識。その実力・知識が遺憾なく発揮された舞台が、前述の『BEST HIT TV』でした。
藤井隆のアイドルへの造詣 10年以上前の『笑っていいとも!』で確認できる
「江利チエミさんに似てますね」
当時、『笑っていいとも!』金曜レギュラー陣の一人だった藤井はこう言っていました。企画の内容・主旨は忘れましたが、素人参加型のコーナーで、5歳くらいの女の子が登場したときに、開口一番に出た一言だったのは確かです。
江利チエミといえば、美空ひばり、雪村いづみと共に「三人娘」の一人として一世を風靡した戦後を代表するスター。彼女の全盛期は1950年代であり、72年生まれの藤井はもちろん直撃世代ではありません。にも関わらず、瞬時に江利チエミの名が出たのは、アイドル史を横断的に把握している証拠といえるでしょう。
今どきのタレント情報も把握していた藤井隆
加えて彼は、旬なアイドルや女優の活躍も、驚くほどしっかりと追いかけていました。ふつう、藤井くらいの年齢(当時30代前半~中ごろ)になると、自分たちが思春期に応援していたアイドルのことは熱く語れても、今流行っているアイドルのことは無関心になるもの。特に同じタレントとして芸能界で活動しているなら、その裏側まで見えてしまうため、尚更でしょう。
松本人志が百恵ちゃんの大ファンだった過去を持ちながら、HEY×3では安室奈美恵を初めとするアイドル歌手を思いっきり弄れたのも、土田晃之が熱心なおにゃん子好き(特に工藤静香ファン)だったにも関わらず、AKBとは私情を挟まず淡々と仕事が出来るのも、そういった理由からです。
藤井隆にとってのお笑いは「美の代用品」?
藤井隆も、かつてアイドルに夢中になったオッサンの一人。特に南野洋子や松田聖子の大ファンだったのですが、それは松本が山口百恵に、土田が工藤静香に抱いたような恋愛感情に似た心理ではありません。
彼が抱いていたのは、憧れ。おそらく、藤井隆には強烈な変身願望があり、彼が本来成しえたかった自己実現を遂げている羨望の対象がアイドルなのでしょう。変身願望がなければ、プラモデルと読書が趣味の内気な男が、芸能界に入ろうなどとは思いません。もっと言えば、ノンケなのにカマキャラになったり、嬉々として18歳のアイドル・マシューを演じたりするはずがないのです。
察するに、藤井にとってのお笑いとは、アイドルがもつ美の、代用品だったと考えられます。美しくもない自分が、彼女たちと同じスターダムに立つためには、お笑いしかない、と。だからこそ、振り切って「HOT!HOT!」と歌っていたわけだし、一定の成功を収めた今、好んでやろうとはしないのです。
その羨望は、時として嫉妬心に転じます。『BEST HIT TV』で、当時「久しぶりに現れた正統派アイドル」として鳴らしていた松浦亜弥が出演する回は、決まって彼女に「自分の方がかわいい!」的な敵意をむき出しにしていたマシュー。
そんな嫉妬半分、憧れ半分のスタンスこそ、『BEST HIT TV』で繰り広げられていたアイドルとのトークを、魅力的にしていたエッセンス。「中の人」藤井隆が俳優路線にシフトした今、もう、マシューのような司会者は現れないでしょう。
(こじへい)
※イメージ画像はamazonより大草原の小さなマシュー (DVD付) Single, CD+DVD, Maxi