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ゴジラはなぜ皇居を襲わないのか「シン・ゴジラ」はこの問題にどう答えたか

2016年8月31日 10時00分 ライター情報:近藤正高
「こんなことで歴史に名前を残したくなかったなあ」
「シン・ゴジラ」を観てからというもの、うっかりしているとつい、平泉成のモノマネであのセリフを口にしている私である。
劇場用パンフレット。各地で売り切れ続出なのか、筆者は映画を観た劇場では入手できず、後日電話で問い合わせて2軒目にしてようやくゲットできた

「シン・ゴジラ」劇中における平泉成を見ていて、私は、海軍軍人にして太平洋戦争末期の首相・鈴木貫太郎を思い出さずにはいられなかった。本作の元ネタのひとつとして、終戦秘話を描いた「日本のいちばん長い日」(岡本喜八監督、1967年)があげられている以上、それも無理からぬことではないか。

「シン・ゴジラ」で平泉は、数奇なめぐりあわせから首相臨時代行となり、日本の危機に対処することになる。この経緯がまた、鈴木貫太郎が首相となった経緯とよく似ている。鈴木も日本の敗色の濃くなるなか、1945年4月に首相となった。77歳という高齢であること、また軍人は政治にかかわるべきでないとの信念から本人は固辞したが、昭和天皇の信頼も厚いことから、戦争終結の任務にあたることを期待されて重臣らが推薦したといわれる。ちなみに鈴木は首相就任時、満開の桜が散っていくのを見ながら、ローマが滅びていった歴史を思い出したというが、これなど先の平泉成のセリフに込められた悲嘆の念と通じるものがあるだろう。

「シン・ゴジラ」ではまた、ゴジラ襲撃に際して政府がやむなく移転することになるが、ここからふと戦争末期に、本土決戦に備えて大本営の長野県・松代への移転が計画されていたのを思い出した。ただし大本営とは、天皇に直属して陸海軍を統帥した最高機関のことなので、厳密には政府とは区別される。もっとも、「シン・ゴジラ」には天皇はもちろん皇居も出てこない。

ゴジラはなぜ皇居を襲わないのか? 各説をまとめてみた


さかのぼれば、1954年の「ゴジラ」をめぐっては、ゴジラはなぜ皇居を襲わないのかという疑問から多くの論者がおのおの自説を展開してきた。いままで出された説を分類するなら、以下のようになるだろうか。

【戦死者の亡霊説】映画のなかで海から現れ、最後は海へと消えていくゴジラを第二次世界大戦の戦死者、とりわけ海で死んでいった兵士たちの亡霊になぞらえた説。最初にこの説を唱えた評論家の川本三郎は、天皇の名のもとに戦地に赴き命を落とした兵士たちは、いまだ天皇制の呪縛のなかにいるがゆえ、皇居だけは破壊できないと説明した(『今ひとたびの戦後日本映画』岩波書店)。
民俗学者の赤坂憲雄もまたこの説を踏まえつつも、川本とは異なり、ゴジラが皇居を襲わないのは天皇制の呪縛力のゆえではなく、むしろ戦前に現人神とされた天皇が、敗戦後に《死せる者らの魂鎮めの霊力すら失ってただの人間にかえった》がためと説いている。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

コメント 2

  • 匿名さん 通報

    天皇陛下の戦地慰霊の旅はガン無視か。

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  • 匿名さん 通報

    またかの国の工作員か

    0
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