『黄金の声の少女』(新潮社)著者:ジャン=ジャック・シュルAmazon |honto |その他の書店

◆豊かな記憶、そのまま読者に
イングリット・カーフェンというドイツ生まれの歌手をご存知だろうか。映画監督のファスビンダーに愛され、イヴ・サン・ローランに影響を与え、この本の著者であるシュルと出会い、ミューズとなった女性……と説明すれば、どこか誇張の匂いもするが、この小説は破天荒な人生を送った一人の女性の生涯を描いただけではない。


遠い記憶に少しずつ肉づけしていくような著者の筆致がまず素晴らしい。過剰なセンチメンタリズムを排し、豊かな記憶をできるだけそのまま読者に送り届けようとする書き方に、小説を読む快楽をかきたてられる。

この小説を読むとノスタルジーって大切な道具なんだな、と得心する。過去を潤色するだけがその役割ではない。おじいさんのちょっとした仕草、ピアノのレッスンを受けた教室の陽の翳(かげ)り。細部を緻密に構築することの果てに、突然、小説は姿を現す。

こんな豊かな読後感を与えてくれる小説を、私たちは久しく読んでいないのではないか。そんな大仰な感想まで抱いてしまいそうになる。二〇〇〇年度にフランスで最も権威を持つ文学賞、ゴンクール賞を受賞した。横川晶子訳。

【書き手】
陣野 俊史
1961年長崎生まれ。文芸評論家、フランス文学者。
ロック、ラップなどの音楽・文化論、現代日本文学をめぐる批評活動を行う。最新作に『戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論』(集英社)。その他の著書に『フランス暴動 - 移民法とラップ・フランセ』『じゃがたら』(共に河出書房新社)、『フットボール・エクスプロージョン』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)など。

【初出メディア】
日本経済新聞 2005年6月9日

【書誌情報】
黄金の声の少女著者:ジャン=ジャック・シュル
翻訳:横川 晶子
出版社:新潮社
装丁:単行本(350ページ)
発売日:2005-05-28
ISBN-10:4105900471
ISBN-13:978-4105900472
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