これは油断がならない小説だぞ、と46ページまで読んだところで呟いた。
黒木あるじ『おしら鬼秘譚』(KADOKAWA)の主人公は、南東北を中心に発刊されている月刊タウン誌「みやぶら」で編集者を務めている桑見里帆という女性である。
その古本まつりで桑見は奇妙な木像に遭遇する。「十二単の着物よろしく、胴体には赤色の布が何重にも巻きつけられて」おり「円錐状の胴体からは異様に細長い首が伸び、その先端には首よりもひとまわりほど太い楕円の頭部が乗ってい」るというものだ。奇怪な風貌にもかかわらず桑見はこの像に強い親近感を覚え、ふらふらと購入した。
だが、それによって怪異に巻き込まれてしまうのである。桑見は夫と離婚して中学二年生の愛菜と二人暮らしだ。思春期の娘とは気持ちがすれ違ってしまうことが多く、古本まつりの日も、何か相談をしようとして電話をしてきた愛菜に邪慳な対応をしてしまった。なんとかしなければと思う矢先、自宅のマンションから愛菜が連れ去られてしまうのである。もう少しで手が届きそうになったとき、娘は「目を大きく開けて、ぐにゃりと笑」い、愛菜ではない声で「おらが、しあわせにしてけっさげ」と言った。
これが、おしら鬼である。
おしら鬼とは何か、という謎がミステリーとしての本書の中核にあるものだ。柳田國男『遠野物語』にも記載があってよく知られている、おしら様の亜種のようにそれは語られる。おしら様は東北地方の広範に分布しており、二体一対の木像が家の屋内に祀られるものだ。さまざまな形の祭礼があり地域によって様相が異なる土着神であり、『遠野物語拾遺』にはその起源として、馬と娘が恋に落ちるという話が収められている。馬が娘と契りを交わしたことに激怒した父親は、首を斬って殺害する。それを嘆いた娘と共に馬は昇天し、おしら様になったというのである。異類婚姻譚の中でも異質な手触りがある昔話だ。
このおしら様にまつわる民俗伝承を導き糸のように使っておしら鬼とは何かということが明らかにされていくわけである。といっても、おしら鬼自体は作者が創造したものだから、正体を単に明かしただけではお手盛り感しかない。それを読者に納得してもらうためには、論理的な補強が必要になるわけで、そこに民俗学ミステリーとしての真価が発揮されている。
作者は奇想をただ提示しているのではなく、物語のうねりを利用して読者にそれを納得させるという工夫もしている。たとえば、桑見里帆・愛菜の母子が巻き込まれたのか、という因縁譚が現在進行形で起きていることの背景に置かれ、それが少しずつ明かされることで事件の全体像が見えて来る仕掛けになっている。桑見を助ける存在として二人の男性を出したのも技巧の一つだ。
一人は学芸員の獺川(おそかわ)玄一郎である。たいへんな博識の持ち主であると同時に〈怪しい事象を呼びよせてしまう〉ことでも有名であるらしい。初対面の印象は強烈で桑見の視点から獺川は「水気の失せた長髪に、蓑を思わせる外套。まるで秋田のナマハゲだ」と描写される。さらにこの人物、話している内容が自分の関心領域に入ると、前提からすべてを論理的に述べなければならなくなるという悪癖の持ち主で、桑見を閉口させる。
もう一人は「無数の蛇がプリントされたジャケットとズボンに、襟の大きな紫色のシャツ。
「西へ東へ駆けまわり、呪う祟ると評判の品を集めて幾年月......その数、いまや千以上。人呼んで日本最恐の呪物蒐集人......恐怖の天才、魔訶原般若とはワシのこっちゃ!」
こんな二人が娘を取り返したい桑見の、唯一の味方なのである。味方というか、邪魔になっているようにしか見えない。だがもちろん彼らにも見せ場があって、物語は最後の山場へとなだれ込んでいく。今にも均衡が崩れてしまいそうな物語をよくぞこの結末へと進ませた、と感心することしきりであった。この作者、語りの才能に長けているのである。
黒木あるじのデビューは実話怪談で、二〇〇九年に第七回ビーケーワン怪談大賞佳作、第一回『幽』怪談実話コンテスト・ブンまわし賞を受賞して世に出た。その分野で長く活動しているのだが、小説も手掛けている。
黒木あるじ、東北の空から日本のエンターテインメント界を攪乱せんと狙っている、正真正銘のブロックバスターである。青森生まれのスティーヴン・キングみたいになれ。
(杉江松恋)