現役の麻雀の一流プロから「超能力者」と評される桜井章一。過去のエピソードでひもといてみても、衝撃的な“事実”が聞こえてくる。「卓上に裏返してある牌を次々と当てる」、「一晩で役満(難易度が高く、得点も高い手役)を10種類あがる」、「相手のリーチ宣言牌を狙ってあがる」、「半荘(1ゲームの単位)すべて同じ役、牌で同じ相手からあがり続ける」など……。だがなぜいま、桜井章一なのか。2010年に発売された著書からその謎に迫りたい。
『ツキの正体』(幻冬舎新書)のサブタイトルは「運を引き寄せる技術」。オビには「今日はツイてる」が永遠に続く!」という煽り文が。平均給与や学生の就職率は低迷し、失業率も5%と高水準を保ったまま、今度はサブプライムと円高による不況に喘いでいる。「もうツキしか頼れない!」と考える人が増えても不思議ではない。
ちなみにこの『ツキの正体』では、単なる「運の良し悪し」というより、自分の心の持ちようがじつは大切であるというロジックが展開されている。「『いいもの』こそ人を悪くする」「権力を持たずに上に立つ」などの実践的なメソッドやエピソードも。それらを自分のモノにできれば、「『ツイてる』が永遠に続く」ということか。
『努力しない生き方』(集英社新書)はタイトルだけ見ると、「自堕落でいい」と誤解されそうだが、オビには「努めて力まない」とある。中面も「努力しない……力が入ったら疑え」「休まない……仕事が休みになる」など意識をどう持つかが解説されている。
さきほどの『ツキの正体』が心のありようを軸にした一冊だとすれば、こちらは行動に軸足を置いた一冊。ただし他の著書にも言えることだが、この本は一方で怖い面もある。桜井章一は「雀鬼会」という麻雀の競技団体を主宰しているが、特筆すべきはその入会資格。麻雀が打てるかどうかより「道場に通う」、「イベントに積極的に参加する」など入会にあたり「どれだけ一生懸命になれたか」が重視されるという。「麻雀を通じて心の強さを育むことを第一に考えている」という雀鬼会。逆に言うと、まだ心が鍛練されていない読者が拾い読みすると、誤解を招く可能性もある「こわいクスリ」という面も……。
『手離す技術』(講談社+α新書)は『人を見抜く技術』『負けない技術』に続く第3弾。
『精神力』(青春新書)は2001年に同社より出版された『悪戯の流儀』を再編集したもの。若い読者からの相談や質問に答える形で展開される、いわゆる「人生相談本」だが中面では「競争よりも共存」など、つい最近になってようやく認知され始めた価値観も載録されている。とても9年前に書かれた本の再編集とは思えないほど、現代事情にそぐう一冊となっている。
麻雀とは「競争」のゲームだと思われがちだが、ある程度のレベルの打ち手になると「調和」を大切にするようになる。目先の点数の増減に一喜一憂するのではなく、場の流れを把握し、自分がどう振る舞うのが場にとって最適かを理解する。自分以外の他人の存在や自分の至らなさ、理不尽さ。麻雀には人生に必要なすべてのものが詰まっているといってもイイ! とりわけ『精神力』で象徴的なのは、第4章の結びに登場する次の言葉。
「これまで何もやらなかったのも、あんただろう。何もやらなかったから何もできなかっただけの話なんだから、まずはいまある環境の中で自分から行動を起こせってことだな」
「とにかく動け」は巷の自己啓発本でもよく見かけるが、理屈を後づけすることで、かえって共感を呼べないものもある。結局のところ、説得力は誰がどう語るのか次第でいくらでも変わる。
不安感の強い時代だからこそ、「心の安寧が得られ」、「その先に希望があり」、「簡単に手に入る」ように見える書籍が求められているということか。少なくとも出版社や編集者がそう考えたからこそ、例年以上の出版点数につながったという面はあるだろう。でも手に取った一冊が何かを変えるきっかけになればいいのか。『手離す技術』のまえがきにも「私を含め、第三者にできるのは、きっかけや気づきといったものを与えることだけ」と書いてあった。
ただし『ツキの正体』のあとがきには自分の言説が変化することに触れ、「読み終えたら、こんな本、捨ててください。忘れてください。その後であなたの根っこにひっかかる何かがもし残るのだとしたら、こんなにうれしいことはありません」ともあった。きっと桜井章一は渾身の力を込めて一冊ずつ書き上げているわけではない。むしろTwitterのツイートのように「そのときどきの自分が素直に感じていることを書いている」というのだ。
ちなみに、この11月上旬だけでもその著書は4冊が出版されている。次なる刊行予定は11月20日に発売される『そんなこと、気にするな』(廣済堂新書)。