「和歌山毒物カレー事件」は1998年に起こった事件で、4人が亡くなった。知らない人のために簡単に説明すると、地域の夏祭り会場でふるまわれたカレーに毒物ヒ素が入っており、67人が吐気などで救急搬送された事件だ。

当日カレー鍋の見張りをしていたうちの一人、林眞須美が犯人だとされ、裁判の結果2009年に死刑判決が下った。動機は不明、物的証拠も無い。それでも死刑になったので、疑問に思う人が少なくない事件なのだ。現在は再審請求中となっている。

『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』は、林眞須美本人に加え、夫の林健治などの手紙やインタビューをまとめた本で、この事件の発生前から死刑判決を経た今までの流れを見る貴重な物になっている。真実はともかく、動機も証拠もない人が死刑になってしまう、その例を知るだけでも読む価値のある本だと僕は思う。

1998年、事件当時の報道は連日、異常とも言える加熱ぶりだった。ワイドショーなどの報道陣が林家の周囲に連泊し、「笑いながらホースで水をまく変な主婦」という映像を何度も流した。「この人が無罪だったらどう責任を取るのか」なんて、たぶん誰も考えてなかったと思う。そうでなきゃ実現できないようなヒートアップぶりだった。

高校生だった僕は、テレビのイメージを見て「変な家庭だな」「不気味なおばさん」と印象づけられていた。流行り始めていたインターネットでも、レトルトカレーの広告をコラージュした画像が広まって、面白がられていた。オウムの時でも何でも毎度そうだけど、国全体で林一家をバカにして笑い者にしている感じがあった。国中がそういう雰囲気だったから、この事件に物的証拠がないことも知らなかった。今こうして本人による本が出ても、既にその何百万倍というレベルの声の大きさで、世間には「水まき」の刷り込みが完了している。もし自分や家族がこの立場だったら、と少し考えるだけでもゾッとする。