ストーリー原案&脚本を担当した冲方丁インタビューの後編では、本編終盤の展開のネタバレにも触れながら、引き続きシナリオ制作の過程を追っていく。
(前編はこちら)

最終的には何かすごいかっ飛んだ物を観たと思わせられる作品に
──さまざまなスタッフの意見も取り入れながらシナリオ作業を進める中、冲方さん自身がここだけは譲れない、これだけは描きたいと思ったのは、どんなことですか?
冲方 僕がこうしたいというよりも、(作品として)こうするしかないだろうと思ったことはあって。ある意味、社会と対立しながらも、その社会を守るのがダークヒーローなので、葉藏がダークヒーローへの道を歩んでいく上で、どのように社会と対立していくのかは重要でした。でも、葉藏自身は社会なんてどうでも良いと思っている人間なわけです(笑)。
──元々は、バアの2階の部屋に引きこもって、薬と酒に溺れながら一人で絵を描いてるような青年でした。
冲方 社会どころか、自分自身のこともどうでも良い存在だと思っている。でも、急に他人(美子と堀木)に認められて自分に価値を与えられ、「お前はこうすべきだ」と言われたことで彼のドラマが始まっていく。最後まで、そのドラマに殉じる姿を描かなくてはだめだろうと思っていました。要は、自分の意志ではなかなか動けない主人公だけれど、最後には自分の意志で道を選ぶことができる。そういう葉藏のドラマからぶれてはいけないなと。その上で、最終的には何かすごいかっ飛んだ物を観た、と思わせられるような作品にしなければいけないな、とは、ずっと思っていました。
──葉藏のようなタイプの主人公で、そういった物語を成立させるためには、苦労もあったのでは?
冲方 葉藏の消極的なところは、現代人にも共感してもらえるものだと思うんです。受信された情報を元にしか判断しなくなると、自分は何を望んでいたのかが分からなくなり、「どうすれば良いんだっけ?」みたいに自分と向き合うこともどんどん少なくなっていく。それを本人も自覚しているので、なるべく自分に向き合おう向き合おうとするけれど、向き合い方が分からなかったり、人に邪魔をされたりする。そうやって(物語に)どんどん巻き込まれていく中、一つ一つの出来事に対して何か良いことがあるんじゃないかと希望を持つのだけど、全部打ち砕かれていく。

──そういう意味では、可哀想な主人公でもあります。
冲方 それで自棄になったり、逃げたりもするのですが、そうすることで自分の感情を取り戻してもいくわけです。感情って、実は肉体とセットなので、肉体的に動いていくと感情が芽生えていきますし、感情が芽生えると、それに応じて肉体も動き始める。物語の中で、その様を見せるというか。自分自身が分からなくなり、自分を探してひたすら絵を描いている人間が、周りから「これがお前だ」「これがお前だ」と言われて、さまよいながらも、辛うじて「これだ」と思える自分を取り戻す話なんです。
美子は絶対的な美の象徴ではなく、人間らしさを感じさせるヒロイン
──医療用ナノマシンや国家機関S.H.E.L.L.の管理により、国民全員が120歳の寿命を約束された社会が、さまざまな問題を抱えた世界となっているといったSF設定は、どのように膨らんでいったのでしょうか?
冲方 SFにすると言っても、スペースオペラもあれば、サイバーパンクもあるし、他にもいろいろなタイプのSFがあるわけです。その中でも、生々しく、肉体にテーマが集約するようなものにしようとは最初から考えていました。なぜなら、ダークヒーローものだから。ダークヒーローは肉弾戦をやらなければいけないという謎のルールみたいなものがあって(笑)。
──たしかに、自分も痛みを伴う戦い方をしないと、ダークヒーローらしさは薄くなるかもしれません。
冲方 だから、テーマからもっと肉体的なものに寄ったSFにしようと思い、高齢化社会や医療などをテーマに入れました。そのあたりの設定は、今の時代に相応しい要素を抽出しただけなので、わりと短期間でパパッと繋がっていきましたね。問題は、それをどうやってドラマ化するかということで。最初は、堀木正雄を組織(S.H.E.L.L.)側の人間にしようとも思ったのですが、やっぱり、美子をそっちにした方が良いだろうとか、キャラクターの配置も散々話し合いました。そうやっていろいろと考えていくうちに、葉藏、堀木、美子の3人がそれぞれ全然違うベクトルを持った救世主で、ジャンケンみたいに、それぞれがそれぞれの弱点になる関係にするのが良いんじゃないか、ということになりました。その流れから、堀木が葉藏に何を望むのか、美子が葉藏になにを望むのかがはっきりしたことで、ある意味、この物語が完成したんです。
──太宰の『人間失格』に登場するヨシ子は、人を疑うことを知らない純粋な存在ですが、本作の美子もバアのマダムから「アナタ、信じる天才なのね」と言われます。「信じる」という要素は、美子というヒロインを描く時、特に重要なものだったのでしょうか?
冲方 美子は葉藏という人間を構成する重要な要素で、自分(葉藏)のことを極端に信じてくれる人。最初は繊細で弱いヒロインだったのですが、物語を作っていくうちに、もっと強く、自分の意志がある現代的な女性になっていきました。信じるにしても、もっと強めの信じ方をしているというか。

──最後まで葉藏を導こうとする存在でした。
冲方 美子は、自分が所属しているS.H.E.L.L.に葉藏が力を貸してくれたら、社会も人々もすべてが良くなっていくと心から信じている。というか、その精神的支柱が崩れたら、自分が空っぽになってしまうことも知っているので、信じざるを得ないんです。美子の描き方に関して、ある種の副産物として非常に成功したのは、先ほど(前編で)お話しした噛み合わない会話です。美子は、何の事情も分かっていない葉藏に対して、「あなたはすごい人なんです」「こういうことがあって。私たちはこういうことをしているんです」って、突然、一方的に話しかけてくる(笑)。そういった美子の無邪気なマイペースさというか、前のめりになって周りがみえなくなってしまうところは、ちょっと滑稽な感じもあって。絶対的な美の象徴ではなく、人間らしさを感じさせる、なかなか素晴らしいヒロインになったかなと思います。
暴走シーンを見た時、「観たかったのは、これだよ!」と思った
──美子は、葉藏の身代わりに自らの身体をS.H.E.L.L.を支配する「合格者」と呼ばれる老人たちに差し出した結果、命を失い、美子の肉体を融合した老人たちの身体は崩壊。美子の姿をした無数のロスト体が生まれるという切ない展開を迎えます。
冲方 東京タワーの上で、自分に刀を突き立てて変身するダークヒーローというスタートでありゴールでもあるイメージにどうやって辿り着くのかを逆算しながら、試行錯誤した結果、この着地点に落ち着いた形です。重要だったのは、物語の着地点を迎えた時、美子や堀木が葉藏にとってどういう存在であり、視聴者にどういう印象を与える存在になっているのかということ。堀木も、もっと正体不明で何を考えているか分からない男にしても良かったんですけれど、最終的には、人間的な感情で動いていることをはっきりさせる方が良いと思いました。
──このインタビューの時点で、作品はすでに完成しています。完成した本編の感想を教えてください。
冲方 (竹一たちの)バイクでの暴走シーンを見た時、「観たかったのは、これだよ!」と思いました。そのシーンだけでなく、すべてのアクションシーンが素晴らしいものになっています。閉塞した社会で生きる人々の心を描く上で重要なのは、どうやって、そこから弾けるかということ。人間は閉塞を受け入れない存在なので、そこから必ず出て行こうとする、それこそが生命のエネルギー。そのエネルギーをどうやって(観客に)提供するか考えた時、痛快さや破壊的な祝祭をちゃんと見せることや、その先にあるかもしれない脱出口をビジョンや感情として見せることが大事なのですが、それを実現できている作品だと思います。なんだか上手くいかなくて鬱屈している人や、毎日がつまらないとか感じている人には、ぜひ見て欲しいですね。
■作品情報
「HUMAN LOST 人間失格」
11月29日(金)全国公開
<STAFF>
原案:太宰治「人間失格」より
監督:木崎文智(「崎」は立つ崎)
スーパーバイザー:本広克行
ストーリー原案・脚本:冲方 丁
キャラクターデザイン:コザキユースケ
コンセプトアート:富安健一郎(INEI)
グラフィックデザイン:桑原竜也
CGスーパーバイザー:石橋拓馬
アニメーションディレクター:大竹広志
美術監督:池田繁美 / 丸山由紀子
色彩設計:野地弘納
撮影監督:平林 章
音響監督:岩浪美和
音楽:菅野祐悟
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
企画・プロデュース:MAGNET/スロウカーブ
配給:東宝映像事業部
(C)2019 HUMAN LOST Project
<CAST>
大庭葉藏:宮野真守
柊美子:花澤香菜
堀木正雄:櫻井孝宏
竹一:福山 潤
澁田:松田健一郎
厚木:小山力也
マダム:沢城みゆき
恒子:千菅春香
(取材・文・写真=丸本大輔)