『おちょやん』第4週「どこにも行きとうない」

第16回〈12月21日 (月) 放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』16回 トータス松本演じる父テルヲが卑しくてしょうもない…そこに男前・成田凌
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

父がくる「このあほんだら」

大正14年、数えで18歳になった千代(杉咲花)のもとに、縁を切ったはずの父・テルヲ(トータス松本)が訪ねて来た。

【前話レビュー】けろっと現れたテルヲに大映ドラマの石立鉄男を思い出す15回 オクレさんはチラッと

栗子(宮澤エマ)は生まれた子供を連れて出て行ってしまい、ヨシヲ(荒田陽向)とふたりでいるから、帰って来いと言う。千代がどんな想いで家を出て、この8年、岡安でひとり生きて来たか、テルヲはまったく意に介さない。


テルヲ「昔のことまだ恨んでるのけ?」
千代「恨んでる。一生許したれへん」

はっきり言葉にしてもなお、テルヲは平然と4、5日したら迎えに来るという。

傍らに立ち会っている岡安のシズ(篠原涼子)は、年季が明けたら千代に対して何も言う義務がないことをわきまえているから、この場で手を差し伸べるようなことは言わない(言えない。微妙な表情をしている)。この先、ひと展開あるかもしれないが、この時点ではこのドライさこそが世間そのものである。孤独な千代には辛い乾いた風。

テルヲは今日のところはおとなしく帰るが、店を出ると「何や千代…えらそうに」と悪態をつく。こんなふうに、ご寮人さんの前では本性を出さず、千代の言ったことも聞こえないフリをしながら、自分に有利にことを進めようと計算している感じが透けて見えるところが、テルヲの人柄の悪さ(よくいえば生き上手)を表している。

栗子との結婚だって、嘘をついて家に連れて来ていた。嘘をつくのがうまいのだ。朝ドラのお父さんはダメな人が多いけれど、ここまで卑しい人物はかつてないかもしれない。テルヲのこのしょうもない性分を生かすには、ひとつだけ方法があると思う。


「死ぬまで笑かしたろか、こら」

テルヲも役者になればいいのだ。千代より役者に向いているように見える。彼のいいところを千代が継いでやがて役者になるという、父と子の切っても切れないものをここで描こうとしているように感じる。

勝手な想像はさておく。

「何や千代…えらそうに」と悪態をついていると、どん! と男にぶつかった。それは天海天海一座の須賀廼家千太郎(星田英利)だった。天海一座が久しぶりに道頓堀に戻ってきたのだ。

千太郎が「死ぬまで笑かしたろかこらあ」と凄むと、テルヲは一目散に逃げていく。強いものには弱く、弱いものには図々しい人物・テルヲ。

週明けの朝、子どもにたかる野蛮な父親や、「不気味やねん…顔が」と言われてしまう個性的な喜劇役者が出てきて、なんだこの猥雑な朝ドラは……これはこれで見応えがあると思っていたところ、出た、救世主!

成田凌の登場だ

「不気味やねん…顔が」と千太郎に卒直にぶつけたのは、天海一平(成田凌)。すっかり男前に成長していた。

荷車の横にすっと立って、斜めに向けた涼しい顔。この登場の仕方。一平のほうが従来の朝ドラヒロインみたいではないか。
成長した千代は、朝ドラヒロインあるあるネタでおもしろく登場した(9話)が、一平は、きれいな顔で登場して、一瞬のうちに強烈な印象を残した。客寄せの法螺貝の音が一平登場のファンファーレ的にも聞こえた。これこそ“物語”の登場人物そのものである。この待ってました! と掛け声をかけたくなるような出方は、彼が“俳優”であるという二重の意味もあるだろう。

朝ドラ『おちょやん』16回 トータス松本演じる父テルヲが卑しくてしょうもない…そこに男前・成田凌
写真提供/NHK

“美しい青年”という雰囲気がナチュラルに出て、申し分ない一平だが、芝居はうまくないことが千太郎の口から語られる。父の跡継ぎとしてまだまだらしい。ライバルの万太郎一座のほうが相変わらず絶好調で、天海一座は一平ががんばらないと
やばい。

史実では、一平のモデルの渋谷天外は、父の死後、芝居茶屋・岡島(岡安のモデル)に引き取られ、親身に世話してもらっていたという。ドラマではの一平は――

岡安に居候していた一平。千代との仲は

一平は、道頓堀に来るたび岡安に居候していた。8年の間、まったくご無沙汰ではなく、千代と一平は顔を合わしていたようですっかり友人のようになっている。

岡安の娘・みつえ(東野絢香)は一平に夢中というのもこの手のドラマのお約束だが、芸事に集中しないで芸者遊びをしている一平に、千代が注意する関係性などを見るに、みつえの入る幕はなさそうだ。


一平は、父が迎えに来て千代が少し嬉しそうな顔をしていたと鋭く指摘する。あんなに怒って反発していた千代の心を唯一、見抜いているのだから、ふたりのつながりはかなり強い。

自分の父が迎えに来るのは自分があの世に行くときだと冗談めかす一平は、どんな人でも生きてさえいれば……ということを示す。いやでも、テルヲみたいな父でも生きてさえいればという境地になるには、千代は俳優でなく仏門に入らないとならないのではないかと思うけれど、そうでもないのが、家族というものなのか。

朝ドラ『おちょやん』16回 トータス松本演じる父テルヲが卑しくてしょうもない…そこに男前・成田凌
写真提供/NHK

テルヲが、千代の「恨んでる」を無視して迎えに来ると言うのは、千代の瞳のなかに怒りや恨みだけでなく、消せない思慕のようなものを感じとったのかもしれない。たちの悪いやつというのは、他者のそういう微妙な感情に対する嗅覚がよく、そこをすかさず突いてくるものなのである。しつこいようだが、その敏感さを、演技に生かすと良い仕事をしたりすることもあるのだ。テルヲの物語じゃないから、彼に演劇を勧めてもせんないことなのだが……。

天晴と徳利のかけあいも楽しい

天海一座の天晴(渋谷天笑)徳利(大塚宣幸)のかけあいが楽しかった。天晴役の天笑は、千代と一平のモデル、浪花千栄子と渋谷天外たちが旗揚げした松竹新喜劇に所属している俳優。モデルになった劇団の代表として、その誕生のドラマに参加することでさぞ張り切っていることだろう。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

【放送予定】
2020年11月30日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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