是枝裕和監督の新作『箱の中の羊』(公開中)は、“少し先の未来”を舞台に、亡き息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れた夫婦の変化を描く物語だ。「第79回カンヌ国際映画祭」コンペティション部門で公式上映され、9分間のスタンディングオベーションに包まれた本作。
是枝監督はインタビューで、“親離れ”“子離れ”というテーマにたどり着いた経緯や、中国で目にした“生成AIで死者を蘇らせる”現実、そして「最後に残る人間らしさとは何か」という問いについて語った。

――カンヌ出品が決まった際、「久しぶりのオリジナル脚本でもあり、この作品が何を描こうとして、どこに辿り着いたのか、まだ自分でもはっきり掴めていない」とコメントされていましたが、今は何か見えてきたものはありますか?

【是枝】出発点については話せるんです。でも、“何を描こうとしていたのか”は、ようやく最近わかってきた気がします。ただ、あまり言葉にはしたくないんですよね。

――では、“出発点”だけでも教えていただけますか?

【是枝】最初は「子どもを亡くした夫婦が、ヒューマノイドを通して悲しみを癒していく話」を考えていました。ただ、そのままだと“家族の内側だけで完結する物語”になってしまう気がしたんです。「悲しみを乗り越えました」で終わるのは、違うんじゃないか、と。撮影や編集を重ねていく中で、自分が本当に描きたかったのは、“親離れ”や“子離れ”についてなんだと、少しずつ見えてきた感覚がありました。

――“喪失からの回復”だけでなく、子どもは親の所有物ではなく、いつか親を超えて離れていく存在なんだ、という普遍的なテーマと、AIという現代的な題材が結びついたきっかけは何だったのでしょうか。

【是枝】僕自身、AIについて詳しいわけではないんです。ただ、いろいろな議論を耳にする中で、「技術がどれだけ進歩しても、最後まで残る“人間らしさ”って何なんだろう」と考えるようになりました。

 中国で、生成AIを使って“死者を蘇らせる”ビジネスに取り組んでいる企業家の記事を読んだことも大きかったですね。
実際に中国へ行って、その方にも会いました。画面の中ではありますが、亡くなった人と対話を重ね、過去を再現するだけでなく、“新しく時間を積み重ねていける存在”として向き合っている。それを目の当たりにしたとき、非常に興味深いと感じた一方で、「死者の存在を、生きている人間がここまで操作していいのか」という倫理的な問いも生まれました。

 その問いが向けられるべきなのはAIそのものではなく、それを使う人間側なんじゃないかと思ったんです。最終的に、大人たちがその倫理観に気づいていく過程を、この作品のひとつの軸にしようと考えました。観客が映画を観終わったあとに、その問いを自分の中で辿っていけるような物語を書きたいと思いました。

 一方で、実際に子育てしていると、「子どもはいろんなことを感じ取っているんだな」と驚かされる瞬間があると思うんです。親が思っている以上に、子どもはこちらを見ていたり、理解していたりする。今回は、そうした“子どもという存在の不思議さ”も描きたいと思いました。かわいさや切なさだけではない、親が知らないところで勝手に成長していく存在としての子どもを描きたかったんです。

――カンヌ国際映画祭の常連として知られ、海外俳優との共同プロジェクトなど国際的に活動される一方で、是枝監督の作品には“日本的な家族観”や“日常の空気感”を感じるという声も多いと思います。ご自身では、日本ならではの感覚を意識されることはありますか?

【是枝】日本映画を作ろう、という意識はまったくないです。
普段から「いい映画を作りたい」としか考えていないので。

 ただ、海外ではAIに支配されるようなディストピア的な作品が多い中で、この映画にはそれとは少し違う感覚があるとは思っています。AIやヒューマノイドを、もっと生活の延長線上にある存在として捉えているというか。海外の観客が、そこに“日本的な感覚”を読み取ることはあるのかもしれません。

――今回も“家族”を描いた作品だと感じたのですが、家族を描く上で意識されたことはあったのでしょうか。

【是枝】正直に言うと、僕自身はあまり「家族の物語を作っている」という感覚はないんですよね。

――そうなんですか?

【是枝】そう。周りから「家族を描いていますよね」と言われるから、「ああ、そうなのかな」と思うことの方が多い(笑)。ただ今回に関しては、さっきも話したように、“子離れ”とか“親離れ”の物語なんだと気づいた時に、そこは確かに家族の話だなと思いました。親が子どもを手放していくこと、子どもが親を超えていくこと。その過程をちゃんと描かなきゃいけない、という意識はありましたね。



 亡き息子の姿をしたヒューマノイドという、SF的な設定を入り口にした『箱の中の羊』。
その先にどんな感情が待っているのか――観客一人ひとりが、自分自身の答えを見つけていく作品になりそうだ。
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