臨床研修2年間を終えてすぐに美容クリニックを選ぶ医師は「直美」と呼ばれる。消化器外科医を経て現在美容クリニックを経営する医師の田原一郎さんは「直美医師は楽して儲けようとしていると批判されるが、それは間違いだ」という――。
(第1回)
※本稿は、田原一郎『終末のジェンガ』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■「直美」は恥ずべきことなのか
臨床研修2年間を終えてすぐに美容クリニックを選んだ医師は、「けしからん」という雰囲気で社会から批判される傾向にあります。では、その批判の中身はどのようなものなのでしょうか。
まずは、「楽な道を選んだ」「金儲け主義」だというもの。
美容クリニックを選ぶということは、職場環境が楽なのに給料が抜群によいというイメージが強いため、こうした批判が生まれるのでしょう。「救急や外科のような過酷な現場から逃げた」「本当に医療に貢献する気があるのか」といった声も聞かれます。
特に、医師不足が深刻な外科や救急医療といった診療科を避けて、より快適で収入の高い道を選んだと見なされることで、「医師としての使命感が欠けている」という批判につながっているようです。
そして、「あの医者は怖い」という技術への不信感。
「たった2年研修しただけの医者なんて、技術的に未熟に決まっている。そんな人に自分の体を触らせるのは怖い」「医学の常識すら知らないかもしれないから信用できない」――そんなイメージを持つ人が多いと考えられます。
実際、美容医療では注射や手術などの手技が必要になることもありますが、「十分な臨床経験を積んでいない医師に任せて大丈夫なのか」という不安は患者側からすれば当然でしょう。また、万が一トラブルが起きた時に、適切な対応ができるだけの医学的スキルがあるのか疑問視する声もあります。

■「ならざるを得ない理由」が無視されている
それでは、臨床研修を終えてすぐに美容クリニックへ就職すると批判にさらされることは十分わかっているのに、なぜ美容クリニックを選ぶのでしょうか。美容クリニックを選んだ医師たち全員が、単純に「楽で儲かるから」という理由だけで選んでいるのでしょうか。
不思議なことに、批判する側は「なぜそうせざるを得なかったのか」という理由には目を向けません。情報に著しい偏りがあるように思います。
もちろん、「楽で儲かるから」という理由の人も少なくないでしょう。医師も同じで、そういう動機の人もいるはずです。
しかし、現実はもっと多様です。美容クリニックを選ぶ動機は様々です。
そもそも美容医師になった理由が、「楽で儲かる」とは無関係に、「美容医療で人をキレイにして喜んでもらいたい」という人もいます。美容医療に純粋な情熱を持って医師を目指した人たちです。
■医師の“劣悪な労働環境”が放置されている
また、当初は「かっこいい外科医になりたい」「救急で人命救助のためにバリバリ働きたい」と思っていたものの、いざ就職を考える段階で現場の実情が見えてくると、想像以上の劣悪な労働環境に直面し、体力面や健康面への不安から路線変更を余儀なくされたケースや2年間の病院勤務の結果、訴訟リスクの高さや理不尽なクレーム対応に疲弊し、もっと患者と良好な関係を築ける医療がしたいと考えて美容医療を選んだ医師もいるかもしれません。
さらに、女性医師の場合、出産や育児との両立を考えた時、夜間当直や緊急呼び出しのない美容クリニックを選ばざるを得ないという事情もあるでしょう。
あるいは、親の介護が必要になった、自分自身が持病を抱えているなど、ライフステージや健康上の理由で、過酷な勤務が物理的に不可能になったケースもあります。
私が医師免許を取得し、就職先を選ぶ立場にあった1999年当時、美容クリニックは今ほど一般的ではなく、そもそも選択肢として認識されていませんでした。また、職場環境などの情報は、インターネットがなかったため、先輩から聞く主観的な話に頼るしかありませんでした。しかし当然ながら、自分の職場に来てもらいたいと思っている人が「うちの職場はひどいよ」などと、来てもらえなくなるようなことを言うはずがありません。
ですから、もし当時から美容クリニックのような魅力的な選択肢が明確に存在し、なおかつ客観的な情報が豊富に得られる環境であったなら、1999年頃もすでに現在とさほど変わらない状況になっていたと想像できます。
■「直美医師は医者と言えない」への反論
「直美医師は技術的に未熟で怖くて任せられない」という批判があります。
この議論をする際は、美容クリニックで働き始めたばかりの医師を二つのグループに分けて考える必要があります。一つは2年間の臨床研修を終えてすぐに美容クリニックに入った医師(直美)、もう一つは他の診療科を経験してから美容クリニックに転職してきた医師です。
「直美の医師には医者の常識がない」「何かあった時に適切な対応ができないのではないか」という不安も、この批判の根底にあります。ここで言う「医者の常識」とは、例えば患者の容態が急変した時の初期対応、薬剤の相互作用への注意、感染管理の基本など、医師として当然知っておくべき判断力や対応力を指します。
しかし、他の診療科での経験が美容クリニックで必ずしも有利に働くわけではありません。
そして、他科での経験にも限界があります。

内科や精神科など非外科系の診療科では、縫合などの手技はほとんど経験しません。
また、アナフィラキシーショックのような緊急時の全身管理も、救急医療に携わる診療科や麻酔科などの特定の診療科で実際に遭遇しなければ対応できません。
つまり、その他の診療科にいたからといって、美容クリニックでは役立たない経験も多く、その部分では直美医師とほとんど変わらないのです。
■「劣っていることを意味するわけではない」
また、美容医療特有の手技や知識に関しては、どの診療科出身であってもスタート地点は同じです。上達の速度や到達レベルは、本人の器用さ、努力、学習能力といった個人の資質に大きく依存します。他の診療科を経験したからといって、必ずしも優れているわけではありません。
実際、何年も経験を積んでいても手技や検査技術が上手くない医師は一定数存在しますし、逆に始めて間もないのに早期から上手い医師もいます。経験年数と技術レベルは必ずしも比例しないのです。
「心構え」についても誤解があると思います。
「最初から楽に稼げる環境に入ると、医師としての心構えが育たない」という批判もありますが、これは個人の特性によるものです。直美だから必ず甘えた医師になるわけでもなく、逆に他科を経験していても緩んでしまう医師はいます。
結論として言えるのは、直美であることが、必ずしもあらゆる面で劣っていることを意味するわけではないということです。


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田原 一郎(たはら・いちろう)

医師・医学博士(分子生物学分野)

日本外科学会認定登録医、日本消化器病学会認定専門医、日本消化器内視鏡学会認定専門医。大学病院および一般病院で約10年間臨床医として勤務。現在は一般内科・美容皮膚科診療に携わる。ミスユニバース日本大会審査員(2014~2018)、ミスアース日本大会審査員(2018~2024)、医師監修ドクターズレストラン運営、パーソナルトレーニングジム監修医などを務める。ボディメイク大会グランプリ受賞などの経験あり。著書に『医師が考えた「ボディメイクの教科書」』(ワニ・プラス)がある。

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(医師・医学博士(分子生物学分野) 田原 一郎)
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