京都府南丹市で11歳の男子児童の遺体が見つかった事件で4月16日、京都府警は遺体を遺棄した疑いで37歳の父親を逮捕した。元関西テレビ京都支局長で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「テレビのニュース番組やワイドショーには、『元警察官』の肩書を持つコメンテーターが連日のように出演している。
彼らの『解説』が、事件をミステリーとして消費する空気を煽っているのではないか」という――。
■「京都小学生行方不明」事件で急展開
京都府南丹市で、当時11歳の長男のご遺体を捨てたとして、父親(養父)の男が逮捕された。
あらためて、亡くなった安達結希さんのご冥福を心からお祈りする。まだ被疑者が逮捕・送検された段階であり、殺人についても関与をほのめかす供述をしていると報じられているとはいえ、いつ、どこで何があったのかは、わからない点が多い。
事件は、2026年3月23日、京都府南丹市で起きた。安達結希さんが、父親に車で送り届けられたのを最後に行方不明になる。当日、通っていた小学校では卒業式に出席予定だったものの、その終了後に登校していないことがわかり、すぐに警察に届け出ている。
当初は、よもや父親が関わった「事件」だとは多くの人が思わなかったのではないか。小学校6年生の男児である以上、道に迷ったり、あるいは、何らかの事情で行き先がわからなくなったりしているのかもしれない。そんな憶測が広がり、京都府警もまた「事件」とは発表してこなかった。
■メディアに溢れる「元警察官」の解説
他方で、そうしたモヤモヤ感のなかで、多くの「元警察官」や「元刑事」を名乗る人たちが、ニュースやワイドショー、さらには動画を通じて、「解説」を繰り返してきた。「捜査一課長」という殺人を担当する部門の責任者を務めていた人物もいれば、捜査員として「現場」で活躍していた人もいる。
もちろん、彼らの経験や見識は、謎に包まれた出来事を解き明かすために役に立つのかもしれない。
そして、警察OBがテレビに引く手あまたなのは、昨日や今日の話ではない。元・警視庁捜査一課長の田宮榮一氏は、日本テレビを中心に数々の番組でコメンテーターを務めてきたし、私個人で言えば、関西テレビの記者だった15年ほど前に元・兵庫県警刑事の飛松五男氏にお世話になった思い出があるから、目新しいわけではない。
ただ、今回は、少し事情が違うのではないか。
■遺体発見の夜に「元刑事の生配信」が炎上
元・大阪府知事の橋下徹氏は、安達さんのご遺体が見つかった翌日4月16日に放送された、関西テレビの情報番組で、次のように発言している。
ネットの中で、「元警察官」という人が好き勝手に言ってる動画をね、ぼくはいろいろ目にしてね、ちょっと心痛みました。
橋下氏は、この発言の直前に、「棚瀬さん出てらっしゃるので、ちょっと申し訳ないんですけども」と留保をつけている。同じ番組に、「凶悪犯罪などの捜査を統括する『刑事部』のトップを経験」と紹介された「元兵庫県警刑事部長」の棚瀬誠氏が出演していたからである。
橋下氏は直接言及していないものの、たとえば、元神奈川県警の刑事で、犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は、ご遺体が発見された4月13日の夜の生配信番組で、「私もライブとかYouTubeでは最高記録です」と自画自賛するなどした。それに対して番組アシスタントが「おめでとうございま……」とお祝いを言いかけたことから、批判の声が相次いだ(「《京都小6男児》元捜査一課刑事の遺体発見後の生配信、“同接”過去最高記録に“祝福失言”が飛び出し物議」週刊女性プライム、2026年4月14日配信)。
■警察OBを起用する番組側の狙い
こうした批判の矛先と同じ「元警察官」が同席していて心苦しかったのだろう。いくら「好き勝手に言ってる動画」と限定をつけたとはいえ、「元警察官」には変わりないし、当の棚瀬氏もまた、今回の事案について警察の内部事情に精通しているとは言いがたい。
番組を見る限りでは、あくまでもご自身の経験と知識に基づいた話をしているに過ぎないから、棚瀬氏を「好き勝手に言ってる」とは非難できないのかもしれない。
仮に、棚瀬氏が京都府警をはじめとする捜査当局から何らかの特別な情報を得ていたとして、それをテレビ番組でおおっぴらに話したとしたら、それは情報漏洩にあたる。
それでも、番組が棚瀬氏を出演させたのは、彼が「元警察官」だったからにほかならない。「凶悪犯罪などの捜査を統括する『刑事部』のトップを経験」していたからである。安達さんのご遺体が見つかった経緯について、何がしかの有益な、というより、視聴者の知りたい欲望を満たすような「コメント」や「解説」を、棚瀬氏ならしてくれるのではないか。いや、してくれるに違いない。これがテレビ番組側の狙いである。
乱暴に言えば、「元警察官」による「推理」をこそ、見る側が求めているのではないか。その理由は、どこにあるのか。
■殺人事件数は「ピークの3分の1」
理由を探るために、日本における殺人事件の現状を確かめよう。警察庁の犯罪統計資料によれば、2025年の殺人の認知件数は976件で、前年(2024年)の970件より6件増えている。しかし、京都大学大学院教授の岡邊健氏によれば、認知件数のピークは1954年の3081件である。
昨年は、その3分の1以下にまで減少している。
加えて重要なのは、その被疑者と被害者の関係である。2024年に起きた970件の殺人事件のうち、既遂=殺された事件は286件ある。検挙された220件のうち89%にあたる196件が「面識あり」、つまり、何らかのかたちで知っているというのが、被害者と被疑者の関係である(「令和6年の刑法犯に関する統計資料」警察庁、2025年8月)。
さらに、その196件のうち110件が親族、さらに、そのうち40件が「親」で最多である。あえて単純化すれば、日本で極めて少なくなった殺人事件のうち、被疑者になる確率が最も高いのは「親」なのであり、逆に言えば、「親」に殺される恐れが最も高いとさえ言えるのではないか。
それほどまでに、私たちの生きる社会は、おそらく古今東西の歴史上、とても珍しいほどに安全になっており、その反面、命を失うとすれば、「親」という極めて近い他人によるとすら考えられるのである。
■「安全な社会」ゆえに際立つ異常性
先月、東京・池袋の「ポケモンセンターメガトウキョー」で起きたストーカー刺殺事件のように、元交際相手が被疑者となった殺人は220件のうち22件、元配偶者が3件、といずれも「親」よりも少ない。少ないからといって安全であるわけでも軽視して良いわけでも、もちろん全くない。ただ、データの上からは、元のパートナーよりも、はるかに「親」に殺される危険性のほうが高い。
加えて、今回の安達結希さんのように、ご遺体が捨てられる事件に至っては、殺人よりもさらに稀と言えよう。警察庁による「令和5年における死体取扱状況について」という資料によれば、日本全国で同1年間に警察が扱った死体は全部で19万8664体あり、そのうち「犯罪死体」=事件だとされたものは354体である。
先に見た「殺人」の既遂220件よりは多いとはいえ、それでも、死体遺棄事件となると、日常からは、かけ離れているのではないか。
全体の傾向としては、日本での殺人事件は大きく減っている。減少する殺人のうち、割合では「親」が増えている。他方で、小学生が行方不明になり、なおかつ、ご遺体で見つかる、という事件は、きわめて珍しい。ここにこそ「元警察官」が求められた背景があるのではないか。
■なぜ「元警察官」が求められたのか
あえて図式的にすれば、「親」による殺人にはそこまでの驚きを覚えないのに対して、今回の事件は稀なものであり、受け止めにくい。このギャップこそ、「元警察官」の「推理」が求められる土壌だったのではないか。存在感を増した「親」による子殺しまでは理解できるとしても、今度のように、行方不明だとして届けられたために出た多くの「謎」を解釈するために、「元警察官」が必要とされたのではないか。
数少ないものの、「現場」で取材をしてきた筆者の経験に照らすと、こうした「元警察官」の存在は、時にありがたい。たとえば、2008年に京都府舞鶴市で起きた女子高校生殺人死体遺棄事件でも、現場を見た「元警察官」にも私は取材し、その「推理」から学ぶ点もあった。
その反面、「現場」での実感や情報と、「元警察官」の経験や勘は、必ずしも一致しないので、かえって見通しを誤りかねない恐れもあった。2008年の事件では、発生から約半年後に被疑者として逮捕される男性が怪しい、という噂はあったし、「元警察官」からもそのように聞いていた。
けれども、結果としてその男性は、裁判では無罪になった。
■「ミステリー」として消費される事件
今回の事件でも、まだ警察に逮捕され、検察庁に身柄を送られたに過ぎず、有罪の確定はおろか、裁判すら始まってもいない。そうした状況なのに、いや、そうした状況だからこそ、「元警察官」は求められているのではないか。さらに言えば、事件をまるでミステリーのように消費するような雰囲気を「元警察官」が醸し出していたのではないか。
かつてTBS系列で放送されたドラマのタイトルになった「99.9-刑事専門弁護士」という数字は、日本における刑事裁判での有罪率を示している。裁判になれば、いや、逮捕段階で有罪=悪人、とする風潮が根強い。「元警察官」によるコメントは、かかる空気を助長したり、煽ったりしているのではないか。
一方で、私がこれまでに接してきた、そして、いまも職務上で接している「元」ではない現役の警察官は、煽動とは対極にいる人ばかりである。
■凄惨な事件にどう向き合うか
個人的な実感だけではない。先日、警視庁公安部による機械メーカー「大川原化工機」をめぐる冤罪事件を踏まえた反省を警察は進めている。今月9日には、勾留中に胃がんが見つかり、冤罪だと決まるまでに亡くなった同社の元顧問・相嶋静夫さんのご遺族が、警察庁の警察大学校で講義をした。
それは単なるポーズや儀礼ではない。
ご遺族の方が「警察が変わろうとしてくれているんだなというのはひしひしと感じた」と朝日新聞の取材にコメントしているように、自分たちの汚点としか言いようのない失敗をただ見せかけだけで顧みるのではなく、実際の声を聞き、真摯に改善に取り組んでいるのではないか。
今回、「元警察官」の人たちが、テレビや動画で繰り出した「解説」や「コメント」は、果たして、こうした現場の警察組織全体の流れと、どこまで平仄(ひょうそく)を合わせているのだろうか。翻って、これを書いている私自身もまた、「元・記者」とか「元テレビ局員」として、現役の人たちを汚している恐れがある。
殺人が大きく減った社会のなかで、どんな立場で事件に向き合うのか。まかり間違っても「ミステリー」のように受け止めてはならないが、かといって、どうすれば良いのか。今回の一連の「元警察官」の動きは、「安全」な世の中ゆえの難しさを突きつけている。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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