※本稿は、和田一郎『大人になっても消えない重荷を抱える人のための 生きづらさの手放し方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■良い大学、良い就職先は「個人の努力」だけでは得られない
ここで皆さんに、より現実的な問いを投げかけたいと思います。
「勉強して良い大学に入り、良い仕事に就く」。これは個人の「努力」だけで得られるものでしょうか?
データサイエンスが示す答えは「NO」です。
親のアルコール・薬物問題、極端な貧困、養育放棄といった小児期の逆境体験(Adverse Childhood Experiences、ACEs(エース))は、個人の学歴や将来の所得に対して、目には見えなくとも強力な「不利益(ハンディキャップ)」として作用することがわかっています。
まず、学歴(教育達成度)への影響を見てみましょう。
最新の日本の大規模調査データは、残酷な現実を映し出しています。
2025年に発表された3000人以上の母親を対象とした調査によると、ACEsスコアが高いグループと低いグループでは、最終学歴に大きな開きがありました。
ACEsが少ない(0~3点)グループ:大学・大学院卒の割合は54.4%
ACEsが多い(4点以上)グループ:大学・大学院卒の割合は28.6%
つまり、深刻な逆境を経験した人は、そうでない人に比べて、大学を卒業する割合が約半分に留まっているということです。
これはACEsがある人の能力が低いからではありません。慢性的なストレスが脳の「実行機能(計画を立て、集中し、衝動を抑える機能)」の発達を阻害し、落ち着いて勉強に取り組むこと自体が困難になると言われているからです。
戦場のような家庭で、将来のため勉強に集中しろというのは、土台無理な話なのです。
■中卒と大卒の生涯収入の差は数千万円以上
この学歴の差は、当然ながら社会に出てからの「所得格差」に直結します。著者のグループが2014年に行った研究では、日本におけるこの経済的損失を具体的に計算しています。
当時の推計では、最終学歴が中学校卒業と大学卒業では、生涯収入に数千万円単位の差が生じることが示されました。実際、先ほどの大学卒業者についての調査でも、ACEsスコアが高いグループは、世帯年収が400万円未満の割合が有意に高く、経済的に不安定な状況にあることが確認されています。
ACEsは、逆境による脳機能への負荷(集中困難、メンタル不調)→学業の中断・低学歴→不安定雇用・低所得というドミノ倒しを引き起こします。これが、「貧困が貧困を生む」と言われるメカニズムの正体の1つです。
貧困家庭で育つことは、ACEsのリスクを高め、そのACEsが子どもの将来の稼ぐ力を奪い、再び貧困を生み出す。この「貧困とACEsの悪循環」こそが、データが明らかにした社会構造の病理です。
■「学歴、年収の低い人=努力不足」ではない
このデータを知ったうえで、私たちは社会をどう見るべきでしょうか。
経済的に困窮している人や、学歴が低い人に対して、「本人の努力が足りなかったからだ」と断じるのは、科学的に不正確であり、不公平です。
彼らを取り巻く状況は、背中に「ACEs」という見えない重い荷物を背負わされながら、必死に走ってきた結果かもしれないのです。
この問題は、単に金銭的支援をすれば解決するというものではありません。
問題の根底にある「学習や就労を阻害するACEsの影響」に目を向け、心と体の回復を支える教育的・心理的サポートの提供とともに、社会全体で環境を調整するマクロ政策が、負の連鎖を断ち切るための最も論理的な投資となるはずです。
■児童虐待を受けた人の生涯損失は1.2億円以上
まず、ACEsのなかでも特に深刻な「性的虐待」や「マルトリートメント(不適切な養育)」がもたらす経済的損失を見てみましょう。
アメリカ・疾病予防管理センターのピーターソンらによる研究は、致死的でない児童虐待(性的虐待を含む)を受けた被害者1人あたりが負う生涯コストを約83万ドル(現在のレートで約1.2億円以上)に達すると試算しました。
なぜこれほど高額になるのでしょうか? たしかにアメリカは医療費が高いのですが、それだけではありません。
この試算で考慮されているコストを詳しく見てみましょう。
○医療・精神医療費:PTSDやうつ病、身体疾患への生涯にわたる治療費
○生産性の損失:就労困難や低賃金による、社会が生み出せたはずの「富(GDP)」の喪失
○刑事司法コスト:被害者が将来的に加害者になったり、トラブルに巻き込まれたりした際の警察・裁判費用
○無形コスト:被害者の「痛み」や「苦しみ」をQOL(生活の質)の低下として金銭換算したもの
つまり、たった1人の子どもを守れなかったことが、社会にとっては「億単位の資産」の損失につながっているのです。
性被害や虐待の防止は、倫理的な義務です。しかし、それと同時に、最も投資対効果の高い経済政策にもなりうるのです。
■「貧困」が脳を追い詰め、虐待を生む
次に、「貧困」がどのようにしてACEsを生み出すのか、そのメカニズムを解明します。たとえば、貧しい家庭で育った人が他人を傷つけるような犯罪を目にすると、「貧しい家庭は愛情がない」と思う人もいるかもしれません。
しかし研究結果は、「リソース(資源)がない」ことが、親の養育能力を物理的に奪うことを示しています。
家族投資モデル:
金銭的余裕がないため、安全な住居、良質な教育、課外活動といった「子どもの発達を守る資源」に投資できない。
家族ストレスモデル(毒性ストレス):
日々の支払いへの不安や長時間労働による疲弊は、親の脳に「欠乏の心理」を引き起こす。脳の認知容量(CPU)が「生存」だけで埋め尽くされ、子どもの感情に寄り添う余裕が物理的に消失する。
これが、貧困家庭でネグレクトや虐待が発生しやすくなる科学的な理由です。
■被害対応に浪費するのではなく、予防に投資すべき
このメカニズムは、日本国内の最新データでも裏付けられています。
2025年に発表された研究では、母親自身のACEsが、産後うつなどを介して、現在の育児困難(離乳食の遅れなど)に直結していることが示されました。つまり、「貧困とACEsの永久機関」が完成してしまっているのです。
親の貧困・ストレス(脳のリソース枯渇)→不適切な養育の発生(子どものACEs)→子の脳機能へのダメージ(学力低下・衝動性)→成人数十年後の貧困・犯罪リスク増大(次世代の親の貧困へ)→親の貧困・ストレス(脳のリソース枯渇)……。
これに対し、データサイエンスが私たちに突きつける結論は明確です。
私たちは、ACEsの被害対応に巨額の税金を「浪費」し続けるのではなく、予防に「投資」すべきだということです。
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和田 一郎(わだ・いちろう)
獨協大学教授
社会福祉士、精神保健福祉士。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。博士(ヒューマン・ケア科学)。茨城県職員として福祉事務所や児童相談所等に勤務。2013年度より社会福祉法人恩賜財団母子愛育会日本子ども家庭総合研究所主任研究員として研究活動を始め、2022年より獨協大学国際教養学部教授。専門はデータサイエンス、子ども論、社会福祉マクロ政策など多岐にわたる。
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(獨協大学教授 和田 一郎)

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