高齢者が脳の健康を守るには何をするといいか。精神科医の和田秀樹さんは「ムリのない形で仕事を続けることが、脳を守り、心を守り、若さを保つことにつながる。
定年は、これまでとは異なり、仕事を完全に辞める時期ではなく、『働き方を変える時期』と考えるべきだ」という――。
※本稿は、和田秀樹『これだけでいい!老けない!ボケない!和田式「アウトプット健康法」』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■脳の機能を十分に保つ定年後の仕事の効用
望むと望まざるとにかかわらず、定年後も仕事をするのが当たり前の時代になってきました。
ただし、定年退職してからも仕事を続けるのは、単に収入を得るためだけではありません。脳の健康を守り、老けない・ボケないためにも、非常に大きな意味を持っているのです。
皆さんも経験済みでしょうが、仕事の現場では、状況を判断し、人と話し、問題を解決し、責任を持って行動します。こうした一つひとつの行為が、脳への強い刺激となる。
定年後も仕事を続けている人の多くが、頭がはっきりしていて、意欲的で若々しいのは、仕事はまさに前頭葉を総動員する作業だからなのです。
私がこれまで診てきた高齢者のなかでも、仕事を続けている人は、認知機能の低下が軽くて済む傾向がありました。
反対に、定年を機に完全に仕事を辞め、「何もすることがない」状態になった結果、急に物忘れが増えたり、意欲が低下したりする人は少なくありません。
認知症の原因のひとつに、アミロイドという物質の蓄積がありますが、仮に脳の一部に病変が起きたとしても、残された健康な神経細胞を活用することで、実は脳の機能は十分に保たれるのです。
そのためには、頭を積極的に使い続けることが不可欠。
仕事は、そのための最も効果的な手段のひとつなのです。
■「役割」が脳を活性化させ続ける
また、仕事には心理的な効用もあります。仕事をしている人は、「自分は社会の役に立っている」という実感を持つことができます。この感覚は、生きがいや意欲につながり、精神的な若さを保つ大きな力になるのです。
人は役割を持っている限り、自然と考え、行動しようとします。この「役割」こそが、脳を活性化させ続けるのです。
仕事といっても、もちろん現役時代と同じような働き方である必要はありません。短時間でもかまいませんし、責任の軽い仕事でも十分です。これまでの経験を活かして、人に教える仕事や、相談に乗る仕事なども適任でしょう。
定年は、これまでとは異なり、仕事を完全に辞める時期ではなく、「働き方を変える時期」と考えるべきです。ムリのない形で仕事を続けることが、脳を守り、心を守り、若さを保つことにつながります。
定年後も仕事を続ける人は、脳を使い続ける人です。
そして、脳を使い続ける人こそが、最後まで自分らしく、生き生きとした人生を送ることができるのです。
■英会話教室より撮り鉄を
仕事を辞めると、「何か趣味を持ったほうがいい」「習い事をしたほうがいい」とよくいわれます。
これは正しい助言ですが、ひとつだけ大事な条件があります。それは、「自分が本当に楽しいと思えること」を選ぶということです。
70代の男性の患者さんがいました。元大手企業の管理職で、非常に真面目で責任感の強い人物です。定年後、「何もしないのはよくない」と考え、市の勧める講座にいくつも参加しました。
英会話教室、歴史講座、健康体操など、週に何度も予定を入れるほどの多忙ぶり。
ところが、半年ほどしてから、その人は私にこう言ってきたのです。
「先生、毎日忙しいのですが、まったく楽しくありません」
よく話を聞いてみると、「やりたいから」ではなく、「やったほうがいいから」という理由で選んでいたのです。
英語も、歴史も、健康体操も、本心ではそれほど興味がありませんでした。ただ、真面目な性格のため、「続けなければならない」と義務のように感じていたのです。

その結果、趣味のはずの活動が、仕事のような負担になっていました。表情も硬く、以前より元気もなくなっています。
そこで私は彼に、「本当に好きなことは何ですか」と尋ねました。
しばらく考えたあと、その男性は少し照れながらこう言ったのです。
「実は、子どものころから鉄道が好きなんです。でも、この歳で鉄道なんて恥ずかしいと思って……」
そこで私は、「恥ずかしいことなどありません。ぜひやってください」と勧めました。
その言葉に背中を押されてか、彼は近所の駅で電車を撮り始めます。さらに、次第に撮影スポットを調べ、少し遠くまで出かけるようになりました。
■大切なのは、「自分が楽しいか否か」
そして、数カ月後に再び会ったとき、その男性の雰囲気はまるで別人のように明るくなっていたのです。
「先生、毎日が楽しくて仕方がありません。次はどこへ行こうかと考えるだけでワクワクするんです」
そう言って、うれしそうに鉄道写真を見せてくれました。

注目すべきは、その男性の認知機能も明らかに改善していたことです。撮影場所を調べ、時間を計画し、カメラを操作し、写真を整理する……。これらの作業はすべて、前頭葉を使う活動です。
ところが、本人は「脳を鍛えている」という意識はまったくありません。ただ楽しいからやっているだけなのです。
ここに大きなポイントがあります。
脳にとって非常に効果的な刺激は、「楽しい」と感じる活動です。義務感でやることは、長続きしませんし、脳への刺激も弱くなります。その反面、楽しいことは自然と続きます。続くからこそ、脳も活性化し続けるのです。
趣味は、下手でも一向にかまいませんし、他人から見て価値があるかどうかも関係ありません。大切なのは、「自分が楽しいか否か」だけなのです。

定年後の人生は、「やるべきこと」よりも、「やりたいこと」を優先すべき。自分の楽しみを中心に生活することによって、自然と老いない、ボケない人生を歩めるようになるのです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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