メンタル不調の社員が出やすい職場と不正が起きやすい現場には、共通点がある。それは「矛盾した命令」の常態化だ。
新刊『残念なリーダーにならないためのマネジメント50の心理法則』(日本実業出版社)より、その危険性を紹介する――。
■部下の本音を引き出せない上司のクセ
メンバーとのコミュニケーションに悩むリーダーは少なくありません。「メンバーの本音がわからない」「あたりさわりのない返答ばかりで、本心がわからない」などの相談をよく受けます。
そもそも信頼関係が築けていないとしたら、原因はいくつかありますが、その中でも、お互いの関係が悪くはないのにメンバーが本音を語らない場合には、面談のやり方に問題があることが多いです。
なぜ、メンバーは本音で語らないのでしょうか。もしかすると、メンバーは語りたかったのかもしれません。でも、語れなかったのです。
リーダーに必要なスキルの1つに「傾聴のスキル」があります。傾聴は、コミュニケーションの基本であり、相手との関係を築くために必要なものです。
傾聴のスキルの中でもとくに重要なことにもかかわらず、あまり知られていないのが「話を聞きながら評価をしない」ということです。
リーダーがメンバーから「報告・連絡・相談」を受ける場合には、判断をしたり、評価をすることが仕事ですから、無意識にそのクセが出てしまいます。しかし、その人が思っていること、考えていることを聞く際には、「報連相」とは聞き方がまったく異なるのです。

■「評価された」と感じると話せなくなる
では、なぜ評価をしてはいけないのでしょうか。それは、人は評価をされると、続きを話せなくなってしまうためです。
たとえば、相手に「何を、そんな小さなことで……」と思われていることを感じたら、続きを話せるでしょうか。
また、「高い評価であれば構わないのではないか」と思う人もいるかもしれません。しかし、それもダメなのです。
たとえばわかりやすい例として、4年に一度のスポーツの戦いに出場した選手が、「私、金メダルをとったのです」と話しはじめたとします。その瞬間、聞いている多くの人は「素晴らしいことでないか」と思いますよね。これは高い評価です。
もし、みなさんの言動から「金メダルなんて、そうそうとれるものではない。すごいことなのに、それ以上何を望むというのだろう」というような雰囲気を感じ取ったら、その人は「でも、悔しいのです。自分が納得できる演技ではなかったので、心の底からは喜べないのです」とは言えなくなります。
人は、自分の話を相手がどう受け取っているかを、敏感に察知しながら話をしているのです。
「この人は、自分の伝えたいことを正しく理解してくれそうにないな」と思ったら、そこからは相手に合わせて、本当のことは語りません。
無意識にしている評価は、相手に伝わります。だから、評価をしないで話を聴くということが大事なのです。
関係はできているはずなのに、メンバーが本音で話してくれないと感じたら、相手の話を評価しながら聞いていなかったか、振り返ってみてください。話してもムダだと思われないように、傾聴のスキルを実践しましょう。
■矛盾した対応が部下を疲弊させる
上司から「わからなかったらすぐ相談して」と言われて実際に相談しに行くと、「そのくらい自分で考えて」と言われてしまう。このような矛盾した対応は、さまざまな問題を引き起こします。
みなさんの会社でも起こっていませんか?
メンタルヘルスを損なうことにもなりかねない、この危険な現象を、心理学用語で「ダブルバインド・コミュニケーション」と言います。
ダブルバインド(Double bind)とは、日本語で「二重拘束」。「2つの矛盾した命令を受け取った者が、その矛盾を指摘することができず、しかも対応しなければならないような状態」のことです。1950年代、英国生まれの米国の文化人類学者グレゴリー・ベイトソンが提唱しました。
■「不正するな」と「納期厳守」の板挟みで…
ダブルバインドは、不正な業務につながることもあります。
次は、あるメーカーの事例です。
トップが「コンプライアンスを徹底し、決して不正をしてはならない」と命令します。一方、現場では、上司が「納期はどんなことをしてでも厳守して」と厳命します。メンバーは苦しみ、悩み、最終的には自分の責任で不正を行うことを選んでしまうことすらあるのです。
上司も予定通りに出荷できなければ自分の立場が危うくなるので、必死になるのはわかります。反面、メンバーにとっては、矛盾する内容の圧力に毎日さらされている状態と言えます。これでは、冷静な判断力や良心さえも失いかねません。
■言行不一致がもたらす莫大な損失
掲げているメッセージと、実際の現場で指示されることにギャップがあるなど、「言っていることと、やっていることが異なる」職場で、人は本気で働くことができるでしょうか。職場における「言行一致」は非常に重要です。
「ダブルバインド・コミュニケーション」は、中間管理職が引き起こしがちです。
社内のルールと上司の指示が異なれば、また、上司の気分しだいで指示が違うなどすると、メンバーはどの指示に従っていいのかわからず混乱します。さらに、どちらに従っても叱られるため、強いストレス状態に陥り、メンタル不調につながることも多くあります。

そして、精神的なストレスだけでなく、しだいに社員の自主性が削がれていくことにもつながります。結果として職場全体のパフォーマンスも低下してしまうのです。
「ダブルバインド・コミュニケーション」を防ぐには、まずは全社でのメッセージの徹底を図ることです。何を優先するのかをトップから中間管理職、現場まできちんと共通認識にする必要があります。
矛盾を現場に押しつけるのではなく、管理職がきちんと調整する。この調整力があるリーダーが信頼されるのです。

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松岡 保昌(まつおか・やすまさ)

経営コンサルタント/モチベーションジャパン代表取締役社長

1963年生まれ。同志社大学経済学部卒業後、リクルートに入社。2000年、ファーストリテイリングへ。執行役員人事総務部長として当時の急成長を人事戦略面から支える。2004年にソフトバンクグループに移り、ブランド戦略室長としてCIを実施。福岡ソフトバンクホークスマーケティング代表取締役、福岡ソフトバンクホークス取締役として球団の立ち上げを行う。
著書に『人間心理を徹底的に考え抜いた「強い会社」に変わる仕組み』『こうして社員は、やる気を失っていく』(いずれも日本実業出版社)。

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岩渕 美香(いわぶち・みか)

組織・人事コンサルタント/モチベーションジャパン取締役副社長

金融業界およびパナソニックグループにて営業、人材育成、組織支援に従事。国家検定1級キャリアコンサルティング技能士。キャリアカウンセリング協会認定スーパーバイザー。筑波大学キャリア・プロフェッショナル養成講座、慶應MCC組織版キャリアコンサルティング指導者育成プログラムにて心理学やキャリア形成支援の手法を研鑽。

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(経営コンサルタント/モチベーションジャパン代表取締役社長 松岡 保昌、組織・人事コンサルタント/モチベーションジャパン取締役副社長 岩渕 美香)
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