■制裁下でも外貨を稼ぐ手口
北朝鮮の脅威というと、多くの人はミサイル発射や軍事演習を思い浮かべる。だが、いま本当に見えにくく、そして見落としてはならない脅威は、画面の向こう側にある。北朝鮮は数学やプログラミングに優れた若者を選抜し、二つのルートで外貨獲得に動員している。
一つは、暗号資産の窃取などを担う「サイバー攻撃工作員」。もう一つは、身元を偽って海外の受託開発やフリーランス業務をこなす「海外IT労働者」である。
その実態を端的に示すのが、「月160万円」という数字だ。2025年10月22日に外務省が公表した多国間制裁監視チーム(MSMT)の第2回報告書によれば、北朝鮮の情報技術(IT)労働者チームでは、管理者が各人に少なくとも月1万ドルのノルマを課している。1ドル160円で機械的に換算すれば、約160万円になる。
しかも同報告書は、本人が手元に残せるのは総収入の5~10%にすぎない場合があるとも記している。月160万円を稼ぐ若者から、その9割超を国家が吸い上げている計算になる。
なぜ北朝鮮は、若者にここまで稼がせておきながら、本人にはたった1割しか残させない上納構造を維持できているのか。そして、月160万円を稼ぐエリートでありながら、若者たちはなぜそこから逃げ出さないのか。
■手取りは1割以下
まず、具体的にはどのような手口なのか。米司法省が2025年6月30日に公表した摘発資料によれば、北朝鮮のIT労働者は中国・ロシア・ラオスなどに拠点を置き、盗用または偽造した欧米人の身元と履歴書を使って、企業の採用ルートやフリーランスサイトでリモート職に応募する。
雇用主から郵送される業務パソコンは、欧米の協力者が住所を提供し、1カ所に集められる。こうした手法は「ラップトップファーム」と呼ばれるが、協力者の自宅に集められたPCを、北朝鮮IT労働者がVPN経由で遠隔操作することで「現地勤務」を偽装している。
報酬は暗号資産や代理口座を通じて北朝鮮政府に流れ、米財務省が2026年3月12日に公表した制裁発表は、このスキームによる収益が2024年だけで約8億ドル(約1280億円)にのぼると試算している。
■稼いだ金はどこへ消えるのか
では、残り90~95%は、どこへ消えるのか。MSMT報告書を読み解くと、その流れは段階的に見える。まず政府への取り分が一定額。次に、所属組織への上納金、海外で働くための本人確認書類や決済口座を用意する協力者への支払い、上司への分配、生活拠点の家賃、本人の生活費。
これらをすべて差し引いた残りが、ようやく本人の手元に届く。
国家、党、軍、関連機関の管理下で外貨獲得の任務を負う要員という点で、彼らは「国家の仕事」としてこの業務に組み込まれている。自由に働いて自由に稼ぐ専門職ではなく、上に管理者がいて、下にノルマがある。「犯罪業務」の怖さは、違法行為の巧妙さよりも、国家が業務として収益を回収する構造にある。
この違いを曖昧にすると、問題の核心を見誤る。高い収入を得る若者の成功物語ではなく、国家が個人の技能を外貨に変換し、その外貨をさらに国家目的へ吸い上げる仕組みである。本人の生活が一般労働者より恵まれる場合があっても、その恵まれ方は自由市場の報酬ではなく、国家への貢献度に応じた待遇に近い。
■兵士より10倍稼ぐ「最強の輸出資源」
北朝鮮が彼らに執着する理由は、収益効率にある。2022年5月16日に米国務省、米財務省、連邦捜査局(FBI)などが公表した北朝鮮IT労働者に関する注意喚起文書は、海外の北朝鮮IT労働者が、海外の工場や建設現場で働く従来型の北朝鮮労働者の少なくとも10倍稼ぐと説明している。
比較対象となる「従来型の北朝鮮労働者」とは、ロシアの建設現場、中国の縫製工場、中東の建設現場などで肉体労働に従事する派遣労働者のことだ。彼らは住み込みで管理され、わずかな手当を残してほとんどを国家に送金してきた。そのモデルを、画面の前に座るだけで10倍に拡張できる。
制裁下で外貨ルートが狭まる北朝鮮にとって、若者の数学力とプログラミング能力は、銅鉱石や石炭よりも輸送費がかからず、密輸船よりも国境で止められにくい「最も効率の良い輸出資源」になっている。見落としてはならないのは、技術の高度さだけではない。国家が「どの人材を、どの分野に、どれほどのノルマで動員すれば収益が最大化するか」を計算している点である。
国際制裁で貿易や金融取引が制限されるほど、国境を越えるデジタル労働の価値は高くなる。輸出できる資源が限られ、正規の金融ルートが狭められても、プログラム、ウェブ開発、暗号資産関連の知識は世界中から需要がある。北朝鮮にとって、優秀な若者をデジタル労働に振り向けることは、貧困の中の苦肉の策であると同時に、体制維持のための合理的な選択でもある。
■キーボードの報酬が、ミサイルに変わる
米財務省が2026年3月12日に公表した制裁発表は、北朝鮮IT労働者のスキームが大量破壊兵器・弾道ミサイル計画に資金をもたらすと指摘している。個人の副業や単発の犯罪ではなく、国家の収益部門として見ると、数字の意味が変わってくる。
一人の若者がパソコンの前で作業していても、その背後には所属組織、管理者、決済口座、仲介者、上納先がある。攻撃グループの名前だけを追っても、全体像はつかめない。北朝鮮のサイバー活動は、匿名の犯罪集団が勝手に暴れているのではなく、制裁下の国家が外貨を得るために人材と組織を組み合わせた収益モデルとして動いているのだ。
■10代から選抜される「国家の稼ぎ手」
こうした仕組みは、偶然に生まれたものではない。北朝鮮は、理数系教育と情報技術教育に国家的な資源を投じてきた。2022年の米政府注意喚起文書は、北朝鮮が数学や科学教育を重視してきたことを指摘している。
選抜は早い。理数系の才能が認められた児童は、平壌の特別教育機関や第一中学校に集められ、10代のうちに数学・情報科学の英才教育を受ける。そこからさらに金日成総合大学や金策工業総合大学に進む者は、国家にとって「外貨の稼ぎ手」候補として明確にマークされる。
貧しい国が高度なプログラミング人材を育てる理由は、軍事と外貨の両方に使えるからである。ソフトウェア開発、暗号資産関連技術、人工知能、情報セキュリティの知識は、合法的な仕事にも使える一方、国家の指揮下に置かれれば外貨獲得や攻撃活動にも転用される。
人材育成は、単なる教育政策ではない。早くから有望な子供を選び、競争させ、専門教育に送り込む。そこで身につけた技能は、本人が好きな職業を選ぶためだけに使われるわけではない。国家が必要とする部署に配置され、稼ぐ力として評価される。
この構造は、若者にとっては栄達の道にも見える。貧しい社会で高度な教育を受け、海外や外貨に近い仕事へ進むことは、本人や家族にとって大きな機会になりうる。だが、その機会は体制への忠誠や成果によって支えられている。エリート教育と自由な人生は、必ずしも同じではない。
つまり、北朝鮮の理数系エリートにとって「優秀である」とは、自由な研究者になることではなく、国家収益網のどのポジションに配置されるかを決める評価指標である。
■北朝鮮学生がハッキング大会で1~4位を独占
選抜され、育成された若者たちの技能水準はどの程度なのか。それを最も鮮烈に示したのが、2023年のある国際大会の結果である。
2023年7月8日に配信されたTBS NEWS DIG with Bloombergの記事によれば、IT企業ハッカーアースが開催したオンラインのハッキング大会で、約1700人の参加者の中から北朝鮮の大学生が1位から4位を占めた。1位は金策工業総合大学、2位は金日成総合大学の学生だったという。
一つの大会結果だけで北朝鮮全体を語ることはできない。それでも、国家が理数系人材を見つけ、競争させ、磨き上げていることを示す一例ではある。
■家族の配給・住居・進学が「連帯責任」になる
そんな優秀な理数系人材は、国家から好待遇を受けているのだろうか。
MSMT報告書は、IT労働者チームには管理者が置かれ、必要な本人確認書類や決済口座の確保、ノルマ達成の管理を担うと説明する。北朝鮮国家保衛省が海外労働者の思想統制や脱北抑止に関与する場合もあるとされる。
海外に派遣されたIT労働者は、単身で自由に暮らしているわけではない。複数人で同居し、生活そのものが管理者の監視下に置かれる。パスポートは管理者が預かり、外出・通信・送金の経路はすべて把握される。これは各国の脱北者証言や複数の制裁監視報告で繰り返し指摘されてきた構造である。
ノルマ未達が続けば、本人の処分だけでは済まない。連帯責任として、本国に残る家族の配給・住居・進学が影響を受ける場合があるとされる。海外で月160万円を稼ぐエリートの「自由度」は、本国の家族を人質に取られている限りでしか成立しない。
彼らは自由な起業家ではない。ノルマを達成できるかどうか、所属組織にいくら上納できるか、家族にどのような影響が及ぶかを常に意識せざるを得ない。成果が上がれば特権を得る可能性がある一方、失敗や離脱は本人だけでなく周囲に波及しうる。
国家に選ばれた技能労働者であるほど、その能力は国家に回収される。ここに、北朝鮮ハッカーの怖さがある。犯罪の巧妙さだけではなく、人間の才能を国家が管理し、収益化する仕組みそのものが恐ろしい。
彼らの海外での就業環境は、逃げ道の広さを意味しない。むしろ、重要な外貨獲得要員であるほど、監視は強まりやすい。生活の改善、家族への恩恵、海外との接点は、本人を体制につなぎ留める鎖にもなる。高収入のエリートという見方だけでは、この拘束性を見落とす。
■482億円相当の暗号資産を奪った集団の正体
この問題は、遠い国のハッカー集団だけの話ではない。日本最大級の暗号資産流出事件も、その収益網の一部だった。
2024年12月24日に警察庁が公表した資料によれば、警察庁は米連邦捜査局(FBI)や米国防総省サイバー犯罪センター(DC3)とともに、2024年5月にDMM Bitcoinから約482億円相当の暗号資産が窃取された事案について、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループ「TraderTraitor」の関与を特定した。
2025年1月14日に公表された日米韓共同声明によると、北朝鮮のサイバー計画が国際金融システムの健全性と安定性に重大な脅威をもたらすとし、DMM Bitcoin、Upbit、Rain Managementなどの暗号資産窃取事案の実行犯を北朝鮮系グループだとしている。暗号資産の流出は、取引所だけの損失では終わらない。国家の資金源となり、制裁を回避するルートに組み込まれる。
北朝鮮の「海外IT労働者」は日本にも関係している。
普通の業務委託サイトでフリーランスに発注した相手が、実は身元を偽った北朝鮮IT労働者だった。そんな事例が米国では多数報告されている。報酬として支払った日本円が暗号資産に換えられ、北朝鮮の核・ミサイル開発の資金になる経路は、もはや想定上の話ではない。
■協力した日本人が摘発されたケースも
実際の摘発事例もある。2025年4月には警視庁公安部が、北朝鮮IT労働者とみられる人物に自身の運転免許証画像と銀行口座情報を提供したとして、日本人男性2人を書類送検した。摘発のきっかけは、使用メールアドレスが国連安保理公表の北朝鮮IT労働者使用アドレスと一致したことだった。
北朝鮮側はその情報で日本人になりすましてクラウドソーシング会社にアカウントを開設、報酬を国内口座経由で海外に送金させていた。ほかにも、米サイバーセキュリティ企業ニソスは2025年1月、2023年以降に日本のソフトウェア開発企業などに偽名で雇用されている北朝鮮IT労働者を複数特定したと公表している。
日本から見れば、この問題は遠く見えやすい。北朝鮮の教育制度も、海外派遣労働者の管理も、日常生活からは見えない。だが、オンラインの受発注、暗号資産、リモートワーク、本人確認、決済サービスは身近な仕組みである。その身近な仕組みが、国境を越えて国家犯罪の資金回収に使われうる。
■逃げ道のないエリートが、今日もキーを叩いている
北朝鮮が若い理数系エリートを動員する理由は、最後にはここに行き着く。彼らは、国家が制裁の外側に見つけた外貨獲得手段である。銃を持つ兵士ではなく、パソコンの前に座る労働者であり、同時に国家の収益網を支える要員でもある。
米司法省が2026年5月6日に公表した発表では、北朝鮮の遠隔IT労働者を支援した米国人2人が実刑判決を受け、二つのスキームが北朝鮮に120万ドル超の収入をもたらし、米国内の約70社に影響したとされる。攻撃手法の細部を知らなくても、構造は見える。普通の採用、普通の業務委託、普通の暗号資産取引が、国家の収益網に変わりうる。
北朝鮮がこの構造を手放さないのは、サイバー人材が「制裁下で唯一拡張できる輸出資源」だからである。資源も金融取引も止められた国家にとって、画面越しに国境を越えて高収益を生む若者の才能は、絶対に切り捨てられない外貨ルートになる。
若者たちが逃げないのも、同じ仕組みの裏面である。海外で月160万円を稼ぐ「特権」は、9割超を上納し続ける限りでしか成立しない。本国の家族の配給・住居・進学が連帯責任で縛られている以上、逃亡は本人ひとりの問題では済まない。
「北朝鮮ハッカー」の正体は、卓越した攻撃者でも、凶悪な犯罪集団でもない。家族と監視で縛られたまま、労働の9割超を吸い上げられ続ける、逃げられないエリートたちである。彼らが叩くキーボードの先で、稼いだ外貨はミサイル燃料や核開発予算に化けていく。
サイバー空間の脅威は、コードや画面の中だけにあるわけではない。才能ある若者を早期に選抜し、特権と監視の両方で縛り、外貨を稼がせ、その収益を国家目的へ戻す。北朝鮮ハッカーの本当の怖さは、若者たちの自由を踏みにじる「国家による犯罪的なIT労働」の仕組みにあるのだ。
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伊藤 隆太(いとう・りゅうた)
防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント
防衛大学校共同研究員、NovaPillar Advisory LLC戦略コンサルタント、博士(法学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学・広島大学助教、日本国際問題研究所研究員等を経て今に至る。Co-Chairs of the IPSA Research Committees (RC12)、APSA Committee of Best International Security Article等を歴任。単著論文はInternational Affairs誌に‘Hybrid Balancing as Classical Realist Statecraft’ (2022)、‘Hubris Balancing’ (2023)、International Relations誌に‘A Neoclassical Realist Model of Overconfidence and the Japan–Soviet Neutrality Pact in 1941’ (2023)、‘Outrage Balancing’ (2026)、単著研究書は『進化政治学と国際政治理論』(芙蓉書房出版、2020)、『進化政治学と戦争』(芙蓉書房出版、2021)、『進化政治学と平和』(芙蓉書房出版、2022)、編著研究書に『インド太平洋をめぐる国際関係』(芙蓉書房出版、2024)等がある。
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(防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント 伊藤 隆太)

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