4日に横浜BUNTAIで行われた総合格闘技イベント、DEEP131。
平松翔vs鹿志村仁之介のバンタム級暫定王者決定戦は、ショッキングな幕切れとなった。
開始早々、ローキックを放った平松が倒れ込むと、開始16秒でTKO負け。
鹿志村の膝でブロックされた平松の右足は、脛付近から完全に折れて、あらぬ方向に曲がってしまっていた。
平松は、試合後にSNSにこのようなメッセージを投稿していた。
「開始15秒自滅で足が折れました。これも全て自分の実力です。
入院、手術になりますが最速で復帰してベルト取りに戻ります。1ミリも気持ちは折れていません。
死ぬほど悔しいです。本当に応援ありがとうございました。タイトルマッチこんな形で申し訳ない」
リベンジを誓っていた平松は、沖縄出身の31歳。
昨年3月には、「中卒やけど頑張って宅建取りました。不動産なんでも相談下さい。
宅地建物取引士は、不動産業界で最も人気の国家資格のひとつとされる。
また、平松は、2024年にはSNS上で自らの生い立ちについても明かしている。
「僕の格闘技の原点は沖縄です。大阪の田舎にある藤井寺市生まれで、小さい頃から喧嘩ばっかりしてて14歳と16歳の時に2回少年院に入りました。
出院してからももちろん何も変わってなくて、人生変えたくて17歳の時に3万円だけ握りしめて1人で沖縄に移住しました。
偶然知り合いに誘われて、当時那覇市の武道館で練習していた琉球ブラッツていう地下格闘技チームに体験にいったところが始まりでした。
そこから沖縄の地下格闘技に出始めて2団体でベルトを巻きました。東京でもアウトサイダーに出ることになってランキング3位までいきました。
20歳を機にプロを目指して上京して、数年を経て今の道場に至った感じです。
まだまだ人間として未熟ですが、沖縄に移住して沖縄の人たちと出会って沖縄で格闘技を始めたからこそ今の僕があります。
だから僕はこのダイナミック琉球を入場曲にしました。
ありきたりかもしれないですけど、クズだった僕がチャンピオンになって、クズでもやればできるてところをみせたいし、アホにしてきたやつを結果で見返したい。そして、応援してくれている人たちを大舞台につれていきたいです」
平松にはファンや関係者から、復帰に向けたエールが送られている。
筆者:井上大輔(編集部)

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