―[言論ストロングスタイル]―

 東京大学五月祭での参政党・神谷宗幣代表の講演が、会場前での座り込みや「差別的発言の撤回」を求める抗議に続き、午前に届いた爆破予告を受けて中止となり、大学は安全確認のため同日の全企画を取りやめた。
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 抗議と企画自体に賛否が拡大する中、著書『参政党のヒミツ』の著者で憲政史研究家の倉山満氏は「神谷氏が『トホホ』な言動の人だからと、その発言の機会を奪って良いのか。
議論もせずに行動を起こしたら、単なる暴力だ」と指摘する(以下、倉山氏寄稿)。

言論の自由は嫌いな奴が嫌なことを言う権利を守ってこそ

 言論の自由は、自分が嫌いな奴が嫌なことを言う権利を守ってこそ、言論の自由である。好きな奴が好きなことを言う権利だけ守っても、権利を守ったことにはならない。

 法格言に「貴方のその意見には命懸けで反対する。しかし、貴方がそれを言う権利は命懸けで守る」とあるが、本当にやる奴は滅多にいない。

 珍しい例外が門(かど)寛子自民党衆議院議員である。中核派の学生に説教したら、国会前で議員辞職を求めるデモをされた。しかし、「私はそのデモをする権利を政治家として守らねばならないと心得ております」と宣言した。家族も含め命にかかわる脅迫をされたにも拘わらず。立派だ。

 かくいう私も、皇室に関して発言していたら殺害予告が来た身なので、

 他人事ではなく同情する。社会に向かってモノを言うのは、命懸けだ。

1993年、ハマコー言いたい放題の講演

 さて先日、東京大学の学園祭である五月祭で参政党の神谷宗幣代表の講演会が予定されていたが、学生団体「差別とデマのない五月祭を」と名乗る“過激派”が、過去の発言の撤回を迫る「誓約書」への署名を要求し、座り込みを行った。すると別の過激派が爆破予告。
その日の五月祭全体が中止に。これに“過激派”「差別と~」が、自分たちは無関係だと声明する騒動があった。

 面倒なので、「差別と~」の方を単に“過激派”と、爆破予告した者をテロリストと呼ぶ。

 “過激派”はテロリストと別団体だと供述しているが、仮に本当だとしても、目くそ鼻くそを笑うの醜態だ。マトモな東大生が可哀そうだ。これでは、東大生全体がバカだと思われる。

 昔の東大は、多様な言論に寛容だった。

 たとえば1993年には、ハマコーこと浜田幸一代議士を講演に呼んで、言いたい放題に言わせた。その内容は、「俺は元ヤクザだ。東大法学部と言えば、検察官になる奴もいる。捕まえられる奴が捕まえる奴に、何の話をすればいいんだ?」「社会党の●●●!あいつは自民党から金を貰っている悪い奴なんだ!なぜそんなことが言えるか? 俺が渡したからだ」などなど。ちなみに実名で金額付き。
それを東大生も楽しんでいたし、真面目な学生がハマコー氏を議論でやり込めている映像も残っている。

 当然、ハマコーの思想に染まり崇拝する東大生など、聞いたことが無い。およそ東大憲章に掲げる「自由な知的探求の空間」とは程遠い講演だったが、「元ヤクザにアホな講演させるな」などと言い出す愚か者はいなかった。仮に本人の前でそんな申し入れをすれば、張り手一発で終わりだったろう。ハマコー氏、そういうキャラだった。

神谷氏が「トホホ」な言動の人だからと機会を奪って良いのか

 さて、問題の神谷氏。神谷氏とは個人的に付き合いも古いし、『参政党のヒミツ』なんて本まで書いているほどだから、過激派諸君より神谷氏のことは、よほど知っている。要するに、「トホホ」な言動の人なのだ。ついでに言うと、スピーチ(というよりアジテーション)はそれなりに得意だが、ディベートは苦手。

 では、神谷氏が「トホホ」な言動の人だからと、その発言の機会を奪って良いのか。

 “過激派”は、過去の神谷氏の発言から「発達障害など存在しません」「いい仕事につけない外国人から大きな犯罪が生まれる」「地球の気候が変動するなんて言っているのは日本だけ」「外国人雇ったら補助金が出る」「変なLGBTとか教えなくて良い」の撤回を要求し、「一切の差別的言動、科学的根拠のない煽動を行わない」「差別から自由な知的探求の理念を確認」すると誓約、署名させようとした。

 これ、私が神谷氏でも、「なんでお前らにそんなこと言われなきゃならんのだ」と言うだろう。

 当該“過激派”の諸君。
自分たちが「何が差別で、何が科学的か」の認定権を持っていると、いかなる根拠で思えたのか。

 私だって、ここに“過激派”の諸君が挙げている神谷氏の発言には「トホホ」と思っている。しかし、本人を論争で言い負かすまでは、「差別的で非科学的だ」と決めつける気はない。昔の仏教徒は論争に負けると衣を剥ぎ取られたが、それだって相手を論破してから衣を剥ぎ取ったものだ。議論もせずに行動を起こしたら、単なる暴力だ。

古代ギリシャ以来、大学は論争によって何が正しいかを決めてきた

 この“過激派”の連中、「己には他人が講演会を開く発表の場を奪う権利がある」などと傲慢な考えを抱いているようだが、どういう了見か。論争する前に、署名を強要し、受け入れられなければ座り込みの強硬手段。爆破予告をしたテロリストは明白な暴力だが、言論による論争によらず行動で強要しようとした点で、当該過激派は事件を起こしたテロリストと同じ穴のムジナ。目くそ鼻くその関係である。

 せめて「ウチの大学で講演会を開きたければ、我々の質問に答え、論破してからにせよ」と公開討論を挑んだならともかく、いきなり「お前の行動は明らかにおかしいから撤回して誓約書に署名せよ」では、単なる実力行使である。

 今回の一件、神谷氏と明らかに思想が異なるリベラル陣営でも、マトモな人は「神谷宗幣にも表現の自由はある。このようなやり方で講演会を潰すやり方は卑怯だ」と訴えている。
少なくとも私の知っているマトモなリベラルの人は、全員そうだ。ところが頭がパーな左翼は、過激派諸君を庇っている。だからパヨクと呼ばれるのだ。

 そらそうだろう。マトモな東大生なら冷やかしで神谷氏の講演会を聞きに行くことはあっても、よほどの変わり者でない限り影響を受けたりはしない。過激派諸君は、何を恐れているのか? それとも、神谷氏が東大で講演すると、参政党の思想に東大生が染まるとでも考えたか。

 そして“過激派”の連中、ディベートが下手な神谷氏に勝つ自信が無いから、実力行使に出た。

 古代ギリシャ以来、大学は論争によって何が正しいかを決めてきた。

 この“過激派”の連中、本当に大学入試に受かったのか?

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