◆JERAセ・リーグ 巨人2―1中日(21日・長野)

 巨人の平山功太内野手(22)が、3年目でプロ初打点&初V打。広島在住の父・正道さん(56)が、ニューヒーローの秘話を語った。

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 よくやったですね。5日に支配下契約が決まったときに「支配下になったよー。広島に行くけえ」って電話で連絡をもらって。「出られたらいいな。三振してもいいから思いっきり振れ」と伝えました。電話口でも落ちついとる。メンタル強くなったなーと思いましたよ。

 小学1年から野球を始めて、目の色が変わったのは3年生でした。6年生の試合でいきなりバットの芯で捉えたんですよ。自分は広陵で野球をやっていて絶対、プロ野球選手になりたかった。途中で部を辞めたんですけど、功太には「お前は絶対になれる。なれる」と言い聞かせた。

言霊です。熱血指導、うるさいくらいやりましたよ(笑)。小学校の卒業アルバムに「プロ野球選手」と書いとったですね。

 環太平洋大を中退したとき、野球を続けるか悩んでいました。自分は親に大学へ行かせてくれと頼んだんですけど諦めて就職した。いまだに後悔しとるんですよ。その経験があるから、功太に「お前、絶対悔やむぞ。ダメでもいいから2年間、やってみろ」と言いました。「1年でプロに行きます」と。それで(当時ベイサイドリーグ)スカイセイラーズさんでお世話になることになったんです。

 私が千葉に初めて行ったのは、3年前のドラフト当日。指名されると思っていなくて、スカイセイラーズを退団するから引っ越しの手伝いに行ったんです。

ドラフトが始まる前の午前中、荷物を包んでいるときに「父さん、頼む。(プロに行くために)もう1年、時間をください」って。その後、ドラフトで(巨人から)名前呼ばれた時は2人で泣きましたね。ものごころがついてから功太が泣いているのを見たのは最初で最後です。

 プロは実力の世界。悔いがないところまで戦ったら、もう辞めてもいいと思ってます。けがをせずに頑張ってほしい。それだけです。完全に親元は離れて、もうお前の人生じゃけえ、お前が思うように悔いなく生きなさい。

 ◆平山 功太(ひらやま・こうた)2004年3月16日、広島市生まれ。22歳。瀬戸内高を経て環太平洋大に進学も中退。

独立リーグ千葉スカイセイラーズを経て23年育成ドラフト7位で巨人入団。昨季3軍で56試合出場、打率2割9分、5本塁打、26打点。4月5日に支配下登録。185センチ、82キロ。右投右打。

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