男子テニスで、アジア男子最高の世界ランキング4位まで上り詰めた錦織圭(36)=ユニクロ=が1日、自身のSNSで今季限りでの現役引退を発表した。2014年全米準優勝、16年リオデジャネイロ五輪シングルスでは3位となり、日本勢96年ぶりのメダル。

左股関節と右肘の計3度の手術を乗り越えたがラケットを置く。最後の大会は9月30日開幕の木下グループ・ジャパン・オープン(東京)が濃厚。10代から錦織を取材してきた吉松忠弘記者が心境の変化を読み解いた。

 36歳の錦織が競技から退く。ついに、その時がやってきた。この日、自身のSNSに「今シーズンをもって現役を引退する決断をいたしました。トップ10という場所まで辿(たど)り着けたことは、自分にとって大きな誇り。これまでのすべてを振り返ったとき、『やり切った』と胸を張って言える自分がいます」と記した。

 14年全米では日本勢初の4大大会シングルス準優勝。16年リオ五輪でも銅メダルを獲得。数々の栄光を携えながらも、近年は満身創痍(そうい)だった。必死で自分を奮い立たせ、動かない足を動かし、股関節や右肘などのけがと闘っていた。

まだ終われないという熱意が錦織を支えていた。

 16年ウィンブルドン4回戦が、思い出される。14年全米決勝を戦ったチリッチ(クロアチア)が相手だった。大会前に脇腹を痛め、それが悪化した。試合中に動けなくなったが、錦織は鬼気迫る表情でプレーを続けた。コーチやトレーナーが、関係者席で立ち上がり、必死で止めた。大会前に、錦織のけがの多さをやゆする報道もあった。自分は決して弱くないという反骨心だった。その時からだ。「けがで(現役を)辞めるのは最悪のシチュエーション」と何度も話すようになった。

 ここ数年は「与えられた才能を、けがなどで終わらせるのはもったいない」が口癖。文字だけを読めば、「不遜」と誤解されるかもしれない。

しかし、長年、錦織のマネジャーを務めるIMGのオリビエ・ファン・リンドンク氏は、錦織を初めて見たとき「黄金の右手を持っている」と驚いたことを振り返る。

 教えても教えられないのが才能だ。その才能に、錦織は偶然にも選ばれた。錦織が「この与えられた才能を」と言う時は、「こんな自分が選ばれてしまった」という謙遜でもある。だから、簡単に負傷で「才能」を捨てられないと、現役にこだわってきた。

 今年1月の全豪前哨戦キャンベラ国際の予選時だった。これまで、あまり人の試合を見ない錦織が、他の日本選手の試合を、はしごしながら見つめていた。コート脇のベンチに座り、うなずき、声を上げ、拍手を送った。以前の錦織には見られなかった姿だった。

 驚いたのは、男子ではなく、女子の試合も熱心に観戦していたこと。その背中は、自身のプレーよりも、これからの人生を見据えていたようだった。SNSの引退報告には「今でもコートに立ち続けたい気持ちはあります」ともつづった。

。本音だろう。しかし、キャンベラでの姿には、その気持ちをふりほどく覚悟が垣間見られた。日本テニス界で唯一無二の才能は、信念の通りに戦い抜いた。

 ◆錦織 圭(にしこり・けい)1989年12月29日、松江市生まれ。36歳。5歳でテニスを始め、13歳で米IMGアカデミーに留学。2008年2月に日本男子史上2人目のツアー優勝を遂げ、14年全米でアジア男子シングルス史上初の4大大会準優勝。自己最高の世界ランキング4位はアジア男子最高位。16年リオデジャネイロ五輪男子シングルス銅メダルは、日本テニス96年ぶりのメダルの快挙。ツアー通算12勝と、ツアー本戦451勝(231敗)はアジア男子最多。跳び上がって打つ「エア・ケイ」が代名詞。

178センチ、73キロ。

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