20日に病気のため67歳で亡くなった萩原清調教師=美浦=から、44頭の管理馬が転厩してくる形となった大竹正博調教師(56)=美浦=が21日、美浦トレセンで取材に応じた。

 強い雨風のなか、沈痛な表情で口を開いた。

「ほとんどの調教師は定年を迎えて引退するので…」と早い別れを悼んだ。大竹師は98年6月から調教師試験に合格するまでの約10年を萩原厩舎で過ごした。「馬に対する姿勢がとにかくすごかった。この状態でも満足ではないのかと思うことがあった」と間近ですごさを感じてきた。

 また、技術調教師時代の08年には、09年の日本ダービー馬ロジユニヴァースの栗東滞在に帯同。「今まで乗ってきた馬の中では抜けてパワーが違った。ダービー馬の背中を知ることができた」と一流の乗り味を体感。その経験も生かして、開業10年目の18年にはブラストワンピース有馬記念を制し、G1トレーナーの仲間入りを果たした。「先生自身も(その師匠の)鈴木康弘先生からいい部分は継承して、新しい部分も取り入れていた。(調教師試験合格後には)『自分で何でもやっていくように』と言われた。僕のスタイルの土台は先生に教わったことが大きい」と、ともに強い馬づくりに励んだ日々や教えを振り返った。

 24日のオークスには、師匠の管理馬だったドリームコアを出走させる。

だが、引き継いだばかりとあって、報道陣からの質問には「コメントは…できないです」と目頭を押さえながら立ち去った。(浅子 祐貴)

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