馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はノースフライトが勝った1994年の安田記念を取り上げる。

「フーちゃん」と愛称で親しまれた「マイルの女王」が国内外の強敵たち相手に2馬身半差の完勝で初のG1タイトルをつかんだ一戦だ。

 

 1頭の牝馬が日本競馬の危機を救った。前哨戦の京王杯SCで、この年から出走可能になった1~4着馬が上位を独占。崩れかけていた自信とプライドを取り戻したのはノースフライトと角田のコンビだった。外国馬を一瞬にしてなで切る、胸のすくようなレースでベストマイラーの座に就いた。

 スタートはそれほど良くなかった。だが、角田は慌てなかった。「前が外国馬を中心にして、あまりにもごちゃごちゃしていたんだ。もまれるよりはいいと思って」とじっくり待機。前半3ハロン33秒8という超ハイペースになり、この戦法がはまった。3~4コーナー。メイショウレグナムの橋本広と目が合うと、「勝ってくださいよ」という声が聞こえたという。

冷静だった。

 手綱を動かすと、返ってきた抜群の手応え。内の馬が止まって見えるような勢いで進出を開始した。先頭に立っていたサクラバクシンオーをアッという間にかわすと、目の前には限りない無人の野が広がる。外国からの刺客だったスキーパラダイスもサイエダディもやってこない。2馬身半差。完勝だ。ゴール後はトーワダーリンで2着に突っ込んだ同期の田中勝とハイタッチ。喜びを爆発させた。

 「あっけないような、うれしいような複雑な気持ちだけど、僕の馬が一番強いと思っていました。この馬らしくないレースでしたが、夏村さん(助手)と厩務員さんがよくやってくれたおかげでしょう」と角田は会心の笑顔。ノースフライトを「フーちゃん」と呼び、友達のように接してきた厩務員の石倉幹子さんは、女性初のG1制覇という快挙を達成した。

 ノースフライトはその後、秋にマイルCSも勝った。コースレコードを0秒3更新する勝利を最後に引退。繁殖入りした。同一年の安田記念とマイルCSを勝ったのは当時、1985年のニホンピロウイナー以来となる2頭目。特にキャリアを通じて、マイル戦では5戦5勝と圧倒的な成績を誇る「マイルの女王」として、多くのファンに愛される存在だった。

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