最悪だったファン・ハールとの相性 ディ・マリアが振り返るマン...の画像はこちら >>

マンUでは上手くいかなかったディ・マリア photo/Getty Images

マンチェスターでの生活も合わなかった

クラブとアルゼンチン代表で多くの成功を手にしてきたMFアンヘル・ディ・マリアだが、上手くいかなかった数少ないクラブの1つにマンチェスター・ユナイテッド時代が挙げられる。

2014年にレアル・マドリードからマンUに加わったディ・マリアだが、当時の指揮官ルイ・ファン・ハールとの相性は最悪だった。

チームも混乱気味で、ディ・マリアは本来の力を発揮できないまま1年でチームを離れている。そのあとパリ・サンジェルマンで長く活躍したことを考えても、当時マンUがディ・マリアの能力を引き出せなかったのは非常に痛かった。

ディ・マリアは英『BBC』とのインタビューにて、改めてマンU生活を次のように振り返っている。

「最初は順調だったんだけどね。全てがスムーズだった。それからファン・ハールとの間に問題が起き始めて、全て崩壊した。ピッチ上での僕のミスについてミーティングで指摘されるようになってね。監督は僕の良いところには一切触れず、悪いところばかりを繰り返し指摘してきた。それにうんざりしてしまったんだ。生活も違った。あっちは日が暮れるのがとても早くて、寒さもあった。あらゆる問題が雪だるま式に大きくなっていったんだ。
家に窃盗も入ったしね。こういうことが立て続けに起こることで、そこにいるのが嫌になった。パリでも窃盗被害に遭ったけど、それでも長く滞在した。あそこは生活しやすかったから。それがマンチェスターでは問題が大きくなり、家族を最優先に考えた結果離れることにしたんだ」

「でもプレミアリーグの雰囲気やクラブでの環境には良い印象を受けた。クラブには素晴らしい人たちがたくさんいて、いつも親切にしてくれた。そのことに感謝している。あれは僕が望んだ決断だった。ユナイテッドに行きたかったんだ。サッカー、スタジアム、雰囲気、サポーターからの愛情、何一つ後悔はしていない」

実力は確かだっただけに、加入した時期が悪かったのかもしれない。テクニック、運動量などプレミアで活躍する要素は揃っていたはずで、ディ・マリアの力を引き出せなかったのは非常に残念だった。

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