「なんでお父さん、僕を殴るんだよ」と呟いていたこともあった少年―「子どもから先生への暴力」の裏にある“見えない理由”
「なんでお父さん、僕を殴るんだよ」と呟いていたこともあった少年―「子どもから先生への暴力」の裏にある“見えない理由”

過去最多となった子どもによる暴力行為。しかしその数字を鵜呑みにしてはならない、表に出ていない現実がある。

教師への暴力や学級崩壊、そして不登校・・・。現場の声と一人の子どもの変化の過程から、教育と家庭の関係、そして子どもたちに必要な支援の本質を問い直す。

 

新刊『足型をはめられた子どもたち』より一部抜粋・再構成してお届けする。

子どもの暴力が過去最高と言うが、実際はもっと多い

いま、日本の公立小学校で隠れた大問題となっているのが「子どもから先生への暴力」です。

2024年度に発生した子どもの暴力行為は、過去最多ということが文部科学省の発表でわかりました。小学校では8万2997件(前年度より1万2988件増)です。実際の数はもっと多いのではないかと推測します。

なぜなら「子どもから先生への暴力」に関しては、学校側が外に出さずに済ませている事例が多くあるはずだからです。現に私のところにも多くの先生方から「子どもが校内を走り回っているのでやめさせるべく捕まえたら、噛まれた」「しかし、外には情報を出していない」などという話が入ってきます。

校内暴力のデータ作成の構図は、まずは先生側が学校に報告し、それを学校は教育委員会に報告、このデータが国で集計されます。だから学校側から情報が外に出ない限り、集計には反映されないのです。

確かに昨今、高校のスポーツなどで暴力関連の情報はかなり開示されているイメージですが、公立小学校の現状はそこにいたっていません。多くは「まだ子どもだから」という理由や、教員が被害者ゆえ「我慢すればいい」という理由で公開されないのです。



私は、子どもたちと真剣に向き合っている全国の先生たちからそうした状況を聞かせてもらいました。校内暴力を単発的に目にする機会はあっても、飛び込み授業では日常的な暴力の実態を知ることができないからです。

次のは、講演会でたびたびお会いする先生が伝えてくれた話のひとつです。話の出所について、細かい地名は明らかにできませんが、ここからもまた、手を打たなければ壊れていく子どもたちの実態が伝わってきます。

暴力を振るわれた教師からの報告

私が一昨年、昨年と担任していた男の子の話です。5年生と6年生をともにすごしました。40人学級のうちのひとりでした。

彼はすでに就学時から校内で知られた存在でした。教室で彼が暴れて大きな音が立つたびに、周りの子どもたちは条件反射的に逃げ出すことも多々あったそうです。

担任してみてまず感じたことは「授業中にまったく違うことをやっている」という点でした。タブレットでずっと遊んでいたりします。こちらが「こうしよう」と提案しても、無視です。さらに注意したり、タブレットを取り上げたりすると、机を蹴っ飛ばしたり、机でどっかんどっかんと音を立てたりします。

そして座ったまま腕で殴りかかろうとしてくるのです。

それをさらにとがめると、気持ちがヒートアップして担任たる私や学年主任の先生に暴力を加えてくるという状況でした。

抑えに入ると、噛みつく、あるいは爪を立てて引っかいてきます。

そのとき、私の腕の裏の皮膚が弱い部分を狙ってくるので流血したこともありました。爪を肉に食い込ませえぐり取るようにガリッと引っかいてきた傷はいまでも跡が残っています。

大柄な男の子でしたから、時には彼の体の上に覆いかぶさって、抑え込むこともありました。その際、彼の首のところをロックするようなかたちになり、保護者から私宛にクレームが入ったこともあります。

「なんでそんなことをするのか」「かわいそう」「あんまりだ」と。

彼の暴れ方を見て気づいたことがありました。体育の授業中、太い木の枝を振り回していたので取り上げようとしたら殴りかかってきたことがあります。そのとき、殴り方がへたでこちらに当たらず、彼が殴り方を知らないのだと思いました。

きっと家庭環境の影響もあって、人の体がどう動くのかもしっかりと理解できていなかったのだと思います。

お母さんは東南アジア系の外国の方です。日本人のお父さんに彼が虐待を受けた件で二度近所の人から通報がありました。私が聞いたのは電気ハエたたきで思いっきり強くたたかれていたとのこと。彼自身が教室で泣きながら「なんでお父さん、僕を殴るんだよ」と呟いていたこともあります。

いずれにせよ、優しく育てられていないのだろうな、という印象でした。私が担任を受け持つ前の2年生のときに発達障害の診断を医師から受けても、両親はわが子の特別支援学級入りを拒否。また彼の家庭に学校内での暴力の実情を伝えても、あまり響かないという印象でした。

一年間を見通して子どもの成長を見守る

それでも、市の福祉関係部署や巡回相談に来る特別支援学校の先生、彼が利用しているデイサービスなどにも状況を伝え連携をとっていきました。それは彼の日常的な暴力を抑え込むためや、私ひとりが我慢すればいいと考えていたからではありません。

なぜなら彼との関係性は、私にとって決してすべてが悪いものではなかったからです。彼を実際に担任し始める前、引き継ぎの段階で就学前から、「そういう特性のある子」だということは聞いていました。さらにそれまでの学年では「自由にさせていた」と言います。

要は、ほうっておかれていたんです。

本人のやりたいようにやらせた結果、教育活動に入れなくてもしょうがないと。

ただ、私も菊池先生から学んでいる者のひとりとして「彼と向き合おう」ということを決めました。

まずはその子にとって、話を聞いてくれる人がいる状況をつくるべきと判断しました。しかし、1学期の最初のころは音楽室や理科室に移動して話をしようと提案しても「行きたくない」と言って教室で寝転がってタブレットで遊んでしまいます。

それでも徐々に彼は私の提案を受け入れるようになりました。日常生活での雑談や、「将来何になりたいの?」といった話がきっかけでした。その子を知るというところに時間をかけたのです。

また、その子の細かな行いをずっとほめ続けていくこともやりました。教室で、全員がいるところで彼をほめてもなかなか本人がピンとこないところがあったので、1対1になる機会にこういった内容を伝えました。

「あのときこんなことを頑張ってたよね」
「あと、こういうふうにできればもっとすごいよね」
「あなたはもっと活躍できる」
「私があなたのことを大事に思っているよ」

菊池先生がおっしゃる「一年間を見通して子どもの成長を見守る」という話もおおいに参考になりました。一年間の中で子どもが暴れやすくなる時期、というのがあります。そのひとつが6月です。

季節の変わり目で、じめじめする。メンタルもちょっと不安定になりやすいものです。私もそれをわかって、うまくかわしにいくことも考えました。

とはいえ、彼は早くも5年生の1学期から2学期のあいだに変化を見せていました。「ほめ言葉のシャワー」の1回目を行ったあとからです。私は当初、いきなり「帰りのホームルームの時間に日直を言葉でほめる」という本来のかたちでのこの実践をやるのは難しいと判断し、最初は子どもたちが手紙でほめる、という形式で進めていました。

学級の子どもたち、一人ひとり違っていい—

彼はもらった手紙をずっと大事に持っていたり、時には黒板に張り出したりして喜んでいました。ほめられるといった経験があまりなかったのだと思います。そこから「自分が教室に存在してもいいんだ」「教室内で自分が認められているんだ」という意識がちょっと出てきて、変わっていった感じはあります。

2年間担任して、じつのところ彼が毎時間ずっと授業に参加するという状況にはなりませんでした。それでも、話し合いの授業には参加するようになりましたし、他の先生が教科を教えるような時間でも普通に自分から参加するようになりました。

なかでも「海の命」という国語科の物語教材のディベートでは、主人公の気持ちが大きく変わったところはどこかについての議論に自分から参加して、意見を言ったりもしていました。ほめ言葉のシャワーにも積極的に参加して、クラスメイトをほめるようになったのです。



学級の子どもたち、一人ひとり違っていい—。私にとって菊池先生の教えが大いに力になった事例なのです。

「朝日新聞」は「暴れる子ども苦悩する現場」という記事を掲載しました(2025年4月7日朝刊)。文部科学省の「2023年度調査の子どもの学校での暴力行為が約7万件」という発表を受けての記事でした。

そこでは、関西地方の小学校の校長先生への取材内容が記されていました。子どもから先生への暴力ではなく、子どもが暴れる様子でしたが、「ここ数年でも、4年生の男児が友人に腹を立てて教室の窓ガラスを、別の児童がガラス戸を割った」という内容です。

その校長先生は言います。

「(子どもたちは)気持ちを言葉でうまく伝えられない傾向があるのでは」

さらに記事は、校長先生が考えるところをこう続けています。

「最近の授業を見て感じることがある。児童に対話させようとすると『どう話せばいいか分かってない』と感じる。タブレット端末を持つ子どもたちは授業中、端末の画面を見つめ、意見を打ち込む。教員も画面を見つめることが増えた。児童同士の会話や、教員の働きかけが減った、と思うという」

この学校でも、窓ガラスを割った男児の言葉にできない思いを代弁するよう先生から声かけした結果、「暴力はなくなった」としています。やはりコミュニケーションは必要なのです。

文/菊池省三 写真/PhotoAC

『足型をはめられた子どもたち』(講談社)

菊池省三
「なんでお父さん、僕を殴るんだよ」と呟いていたこともあった少年―「子どもから先生への暴力」の裏にある“見えない理由”
『足型をはめられた子どもたち』(講談社)
2026/4/91,210円(税込)240ページISBN: 978-4065404720

【大事に育ててきたわが子がなぜ? どうして子どもが小学校で壊れていくの? 子どもはどうすれば成長するの? その疑問への回答と解決策!】

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」、日本テレビ系列「世界一受けたい授業」などで、崩壊した教室を立て直す授業が紹介され大反響を呼んだ、菊池省三先生のコミュニケーション教育。子どもの生きる力を伸ばすメソッドへの支持は拡がり、講演や研修会は年間250回に及んでいます。
現役を引退し、教師の指導者として全国の小学校に招かれ、10年のあいだに行った飛び込み授業(示範授業)は3000時間超。各地の教室をもっともよく知る教育者です。
そこで出合ったのが「机の下の足型」に代表される子どもを「型にはめる教育」。
今子どもたちの現状は、不登校が44人に1人、暴力行為やいじめも過去最多。一方の教師も、精神疾患で休職する人数が過去最多を更新し、なり手不足が進んでいます。

子どもの98%が通う公立小学校で、学習意欲を上げさせたり、事態を改善させたりするために対症療法として行ってしまいがちな「型にはめる」教育が、悪いサイクルとなっています。

本書では、公立小学校の現状を知っていただき、その解決策として荒れた子どもたちを変えてきた菊池先生のコミュニケーション教育を紹介。たとえば学習意欲は、型にはめなくても、子どもの内面が成長すれば増すことがよくわかります。
保護者のみなさんにとっても、子育てについての認識が180度変わる「ほめ方」や「叱り方」「語彙の増やし方」「考える力のつけ方」など、子どもを社会に送り出すために、家庭でできる実践法をお伝えします。

第1章 足型をはめられた子どもたち――学校における教育虐待
第2章 なぜ、コミュニケーション教育で子どもは成長するのか
第3章 今風と昔風の学級崩壊――立て直し請負人による飛び込み授業
第4章 コミュニケーション科の学びとは? その効果とは?
第5章 堀之内くんと学級の2年間――集団の中で個を育てる
第6章 家庭でもできる菊池式実践法――子どもを「眺める」から始める

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