若者に広がる“顔を見せないSNS投稿”の本音「映えたいけど、承認欲求とは思われたくない」…“いいね”より“保存”重視が新定番か
若者に広がる“顔を見せないSNS投稿”の本音「映えたいけど、承認欲求とは思われたくない」…“いいね”より“保存”重視が新定番か

カフェのテーブル越しにコーヒーカップで口元を隠す、鏡越しの自撮りではスマホで顔半分を覆う、夕焼けや海を背に、あえて後ろ姿だけを写す――SNSを眺めていると、20代を中心とした若者たちの写真には、こうした顔を見せない投稿が当たり前のように並んでいる。なぜ彼らは、せっかくの映えスポットで顔を隠すのか。

取材を進めると、そこには単なる照れやプライバシー意識だけでは片づけられない、SNS時代ならではの複雑な感覚が見えてきた。

「可愛いと思ってると思われたくない」顔隠しの本音

「顔を出すことに抵抗はなかったんです。でも、よく考えてみたら、加工した自撮りを載せるのって、友だちから『自分のこと可愛いと思ってるんだ』とか『承認欲求が強い』と思われそうで……」

そう語るのは、都内在住の17歳女性のヒナさん(仮名)だ。顔隠し投稿は、そんな若者たちの自意識を薄めるための緩衝材として機能しているようだ。

一方で、顔を隠すことは、単なる防衛策にとどまらないという。

都内在住の20歳女性・さーちゃんさん(仮名)はこう説明する。

「顔全体を出すより、パーツや雰囲気だけのほうが“いい女感”や世界観を演出しやすい気がします。

口元、横顔、手元、後ろ姿、顔を写すときは薄くモザイクを入れて、服装や髪型、場所の雰囲気を際立たせるようにすると、写真全体の印象が良くなる気がするんです」

では、こうした顔隠しは、単なる若者の流行なのか。それとも、SNS時代に定着した新しいリテラシーなのか。

博報堂生活総合研究所グループマネージャー/主席研究員の酒井崇匡さん(43)はこう指摘する。

「まず前提として、若者が顔を隠すという話は、決して最近急に始まった現象ではありません。

少なくとも、スマートフォンが普及し、写真を撮ることとSNSに投稿することが定番になって以降、続いてきたものとして見た方がいいと思います。

顔を隠す感覚は、マスク文化とも地続きです。

コロナ禍以前から、病気の予防ではなく、安心するためにマスクをつける人が一定数いました。

特に口元を隠すことで、自分の外見を守る。見られることへの不安を和らげる。

そうした意味で、マスクはある種の外見に対するガードとして機能していたわけです。SNS上で顔を隠す投稿にも、それに近い感覚があると思います」

しかし、顔を隠す理由は、自分の外見への不安だけでは説明しきれない。

「顔を隠すことは、自分の外見を守るためだけのものではありません。SNSに写真を載せる以上、そこには一緒に写っている友人や、その場の空気も含まれます。

自分ではよく撮れていると思っても、相手にとってはそうではないかもしれない。あるいは、投稿された写真を見た第三者から、誰といたのか、どんな関係なのかまで読み取られてしまうこともある。

たとえば集合写真の場合、全員が納得できる写真を撮るのはなかなか難しい。だからこそ、最初から顔を隠してしまえば、誰が盛れている、盛れていないという問題を避けながら、“一緒に遊んだ”という記録だけは残すことができます。

顔を隠すことは、自分だけでなく、周囲との関係性を守るための方法にもなっている。

人間関係の摩擦を避けるための、かなり実用的な作法にもなっていると思います」(同)

「いいねより保存」変化した若者の承認欲求

一方で、近年の若者のSNS利用を考えるうえでは、BeRealのようなアプリの存在も無視できない。

BeRealは、1日に1回、ランダムな時間に通知が届き、その瞬間の自分の様子を前後のカメラで同時に撮影して投稿するSNSだ。

加工や作り込みを前提としないリアルな日常を共有するアプリとして、若者の間で広がった。

酒井さんは、こうしたSNS環境も顔隠し投稿の定着に影響していると見る。

「加工ができない、作り込めないからこそ、顔をそのまま出すことへの抵抗も生まれます。投稿はしたいけれど、無防備な顔を見せたくはない。

そうした場面で、少し顔を隠す、横を向く、スマホで顔を覆うといった行動が、より自然な選択肢になっていくのだと思います。

投稿はしたい。楽しかったことも残したい。けれど、自分の顔や交友関係を必要以上に判断されたくはない。

顔隠し投稿は、そうしたSNS時代の感覚の中で定着してきた、見られ方を調整するためのリテラシーでもあるのだと思います」

では、顔を隠すほど“見られること”に慎重でありながら、なぜ彼女たちはSNSに写真を投稿するのか。

「2020年の分析で印象的だったのは、日本の若者はSNSを“自分を見てほしい場所”というより、“誰かの参考になるものを共有する場所”として捉える傾向が見えたことです。

もちろん、SNS上で常に人から見られ、判断されているという感覚は、日本に限ったものではありません。ルッキズム的な圧力は、海外にもあります。

ただ、日本の場合は『私を見て』『私を承認して』という出し方よりも、『この場所が可愛い』『この服が参考になる』『この世界観を見てほしい』という形で承認を得ようとする傾向が強いように見えます。

たとえば、自分の顔写真を投稿しても保存数が数件しかなかったのに、安くて可愛い洋服屋さんの写真を投稿したら300件以上保存された、という話がありました。

そこで本人は、『私の顔なんて誰の役にも立たない』と感じるわけです。

つまり、『わたしを見て』という承認欲求がなくなったわけではなく、世界観や情報、雰囲気を通して表現しようとしている。

いいねをもらうより、保存されることの方が大事だという意識も、そこにつながっていて、承認欲求の表れ方が変わっているのだと思います」(同)

顔を隠すことは、単に「写りたくない」という拒否ではないようだ。

見せたいものを選び、見られたくないものを守りながら、それでも誰かとつながっていたい。若者たちの顔隠し投稿は、SNS時代を生きるためのリテラシーになっているのかもしれない。

取材・文/鮫島りん 集英社オンライン編集部ニュース班

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